国内

【スクープノンフィクション】詩人・伊藤比呂美が明かす「私の父は大物ヤクザでした」

幼き伊藤比呂美氏を抱える父・一彦氏

幼き伊藤比呂美氏を抱える父・一彦氏

 著名人が自ら、ヤクザの子であると明かすことは珍しい。まして、それが文学者となればなおさらだ。その証言をもとに父親の足跡を追った、暴力団取材の第一人者による渾身のレポートである。フリーライターの鈴木智彦氏がレポートする。(文中敬称略)【前後編の前編】

 * * *
 SNSを通じ、詩人の伊藤比呂美から連絡があったのは令和3年8月だった。

「父のことを調べて『サカナとヤクザ』にたどりつきました。高橋寅松は伯父にあたります。父はその代貸であった伊藤一彦というものです」(DMより抜粋)

「高橋寅松」と「伊藤一彦」は、拙著『サカナとヤクザ』(小学館刊)の第四章『暴力の港・銚子の支配者、高寅』に登場する博徒の貸元と幹部である。代貸という役職は「貸元の代理」という意味で、博奕を開帳する貸元から全権委任される現場責任者だ。組織ではナンバー2で、現代暴力団でいう若頭や理事長に当たる。

 日本有数の漁港である千葉県銚子市の裏社会に君臨した顔役・高橋寅松、通称・高寅は、一帯を縄張りにする博徒でありながら、漁業組合を支配下に収め、地元の政財界を牛耳った。その様子を取材したアメリカ人記者は、高寅を「東洋のアル・カポネ」と伝説のギャングスターにたとえている。実際、暴力社会ではかなりのボスキャラで、日本風に言い直せば清水次郎長クラスとなろう。

 伊藤比呂美も文学界のビッグ・ネームである。大胆なフェミニズムの詩作を武器にした彼女は1980年代の女性詩で大ブレイクした。小説やエッセイも数多く発表し、父親に関しては、その介護と死をテーマに『父の生きる』を上梓している。

 連れ合いをなくした父は独居だった。アメリカに住む伊藤は、毎日父に国際電話をかけ、自腹で購入したエコノミークラスの航空券で頻繁に帰国した。が、伊藤は悔いた。

「私は父を見捨てた。親身になって世話をしているふりをしていたが、我が身大事だった。自分のやりたいことをいつも優先した。父もそれを知っていた」(『父の生きる』より)

 ヤクザと詩人……ともにトップクラスの実力者を結ぶ父・伊藤一彦は、高寅の正妻の弟だった。高寅をモデルにした火野葦平の小説『暴力の港』にも悪辣な代貸・豊田要介として登場する。

「豊田はタカトラの女房の弟で、特攻隊の将校だった。復員してくると、虚無的な気持におちいって、狂暴な挙動が多かった。(中略)顔面神経痛で、つねに右頬が痙攣していたが、興奮すると顔中、身體中がひきつり、聲までもふるえるのである」(『暴力の港』より)

 特攻隊の設定もそうだが、そっくりなのは人物描写だった。

「悪い代貸の立ち居振る舞いがめっちゃ父なんです。若いときはとても神経質だったと母から聞いていたから小説のままです。あと父の兄弟にはみんなチックがあった。顔面神経痛の描写はそれが理由でしょう。なにより下戸で、ビール飲めばすぐおなかを壊して下痢をするのは父そのもの」(伊藤比呂美)

 当事者取材をせずに書いた記述とは思えない。伊藤はたまらず北九州市の火野葦平資料館に出向いた。事情を話すと自筆の取材ノートを見せてくれた。しかし火野が父を取材した確証は得られなかった。

関連キーワード

関連記事

トピックス

田村瑠奈被告(右)と父の修被告
「ハイターで指紋は消せる?」田村瑠奈被告(30)の父が公判で語った「漂白剤の使い道」【ススキノ首切断事件裁判】
週刊ポスト
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
暴力団幹部たちが熱心に取り組む若見えの工夫 ネイルサロンに通い、にんにく注射も 「プラセンタ注射はみんな打ってる」
NEWSポストセブン
10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
宇宙飛行士で京都大学大学院総合生存学館(思修館)特定教授の土井隆雄氏
《アポロ11号月面着陸から55年》宇宙飛行士・土井隆雄さんが語る、人類が再び月を目指す意義 「地球の外に活動領域を広げていくことは、人類の進歩にとって必然」
週刊ポスト
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
佐々木朗希のメジャーでの活躍は待ち遠しいが……(時事通信フォト)
【ロッテファンの怒りに球団が回答】佐々木朗希のポスティング発表翌日の“自動課金”物議を醸す「ファンクラブ継続更新締め切り」騒動にどう答えるか
NEWSポストセブン
越前谷真将(まさよし)容疑者(49)
《“顔面ヘビタトゥー男”がコンビニ強盗》「割と優しい」「穏やかな人」近隣住民が明かした容疑者の素顔、朝の挨拶は「おあようございあす」
NEWSポストセブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
天皇陛下にとって百合子さまは大叔母にあたる(2024年11月、東京・港区。撮影/JMPA)
三笠宮妃百合子さまのご逝去に心を痛められ…天皇皇后両陛下と愛子さまが三笠宮邸を弔問
女性セブン