【書評】『ぼんぼん彩句』/宮部みゆき・著/角川書店/1980円
【評者】山内昌之(富士通フューチャースタディーズ・センター特別顧問)
宮部さんは同好の士と一緒に句会を開いている。仲間の12の俳句に触発された短編集である。どこにでもある光景をうたった句をとても現実とは思えない風景と結びつける小説もある。また逆に謎めいた恐怖さえ感じさせる作品が淡々とした句を素材に出来上がる場合もある。まさに、宮部ワールド全開の短編集である。
「鋏利し庭の鶏頭刎ね尽くす」では、義母や義妹の間で思わせぶりに話題になる死んだ〈みっちゃん〉の謎解きが面白い。鶏頭好きだと義妹が思い込んだ〈みっちゃん〉の本名が、自分の息子の名・満流(みつる)に通じることを知った女主人公が離婚の前に取る復讐の手段は? 鶏頭の花が咲き誇るはずの庭を見た義妹の叫びが小説の結びを無駄なく引き締める。
「お母さん、ちょっと来て、早く早く来てよ。庭が大変!」
「薔薇落つる丑三つの刻誰ぞいぬ」は、大学生の俗語を駆使して男女のアンバランスな付き合いが恐怖心を伴いながら犯罪小説の匂いを嗅がせる宮部さんならではの傑作である。主人公にコクったケイタなるチャラ男が、奨学金を受けて古着で学校に通う彼女にバイト先を変えるように勧める所作が当世風なのだろう。ちなみに、私は「コクる」という意味が分からず、周りに訊くと「告白でしょう」と笑われた。50年近く大学で教えながら若者言葉に疎いのが我ながらおかしい。
さて、彼女に風俗嬢もどきのバイトをさせることに失敗したケイタは、人里離れた廃病院に仲間と一緒に彼女を連れていくが、そこでのっぺらぼうの女が出てくる。ケイタらは逃げるが、残された彼女は怨霊でも生身の女でもなく、幽霊でもない女と会話する。どうやら患者たちの残留思念を吸収し続けた存在のようだ。
イトコに身をやつした“存在”との対話、まもなく彼女が“存在”鎮魂のために買った紅薔薇の花びらが一枚、また一枚ほろほろと散っていく風情は、“宮部ワールド”そのものである。誰でも、私のように、仕事を放擲してすぐに全編を読みふけるに違いない。
※週刊ポスト2023年7月21・28日号