【書評】『隣国の発見 日韓併合期に日本人は何を見たか』/鄭大均・著/筑摩選書/1870円
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
私が韓国を訪れるたびに少し緊張するのは知己の韓国人と日韓併合期(一九一〇?四五年)や政治的課題をどう語り合えばよいのか、いつも悩んでしまうからだ。韓国系日本人の著者は日韓関係論などを専門とする学者だが、加害・被害の構造で語られてきた従来の立場とは異なる。日韓併合期は大きな変化をもたらしたが〈韓国がこの時代を抑圧、収奪、抵抗の物語として語り続けることに筆者は不安と不満を覚える〉という。
日韓併合期の朝鮮を具体的に知るために著者が着目したのは日本人が書き残したエッセイだ。彼らは外部の目を持つ観察者であり、生活者でもあった。本書には多彩な日本人による作品が紹介される。着眼点はさまざまで、肯定や否定、好感や非好感、中立的なもの、アンビバレント(両面感情的)な感情が入り混じるのも異邦人として自然なものだといえるだろう。
谷崎潤一郎は京城(現ソウル)や平壌の街の光景から日本の平安朝を重ねあわせ、人々の衣服や料理などを書き留めた。盲目の箏曲家・宮城道雄は十年余り朝鮮で暮らした。物売りの声に耳を澄ませ、桜の花見でにぎわう場で朝鮮人の歌にも聴き惚れた。非凡な音感がとらえた音楽を鮮やかに描く。
哲学者の安倍能成は約十五年間、京城と東京を往還しながら多くのエッセイを記した。風物や人々の生活ディテールに細やかなまなざしを向ける一方、日本の中国文化受容の過程で朝鮮人の参画も示唆するなど、興味深い考察だ。朝鮮の工芸品を高く評価し紹介した浅川伯教、巧兄弟は柳宗悦らの民芸運動の礎ともいえる。柳らは朝鮮で見出した素朴な美への礼賛をのちには沖縄でも展開したのだと私は気づかされた。
自然科学者の挾間文一を初めて知った。研究者の目で観察した自然や教え子との交流、鉱山での医療活動などを『朝鮮の自然と生活』に綴った。著者は〈挾間が朝鮮の地から与えられた人であると同時に、与えた人でもある〉と述べる。政治的言語のくびきから離れて韓国に近づきたい、と思う。
※週刊ポスト2023年7月21・28日号