全国的に危険な暑さが続いている。熱中症予防として不要不急の外出を避け、涼しい部屋で読書の世界に浸ってみてはいかがだろう。おすすめの新刊を紹介する。
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『ハンチバック』/市川沙央/文藝春秋/1430円
ネット情報のみの「コタツ記事」は怠け者の所作だが、本書冒頭のエロ記事を書く主人公の場合は違う。彼女は先天性の難病で歩けない。両親が遺した施設内の個室と食堂が彼女の世界の全てだ。体は不自由だがカネには不自由しない彼女と、カネが欲しい若い男の介護士田中の間で成立するある取引。食虫花を思わせるユーモアのセンスは一級品。ラストの是非は自身で確かめて。
『この夏の星を見る』/辻村深月 KADOKAWA/2090円
吹奏楽部の練習も天文部の夏合宿も“誰かの主観”で中止になるコロナ禍、茨城県の高校生、東京渋谷の中学生、島外からの寄宿生もいる長崎五島列島の高校生らが星々を介して空間レスの友情を育む。強引な私見ですが、教育学部出身の作家って時々“善性全開”の10代小説をものする。女性だとこの辻村さん、男性だと重松清さん。果汁のような瑞々しさが忘れ難い青春群像。
『アフターChatGPT 生成AIが変えた世界の生き残り方』/山本康正/PHPビジネス新書/935円
昨年11月に公開され世界中が興奮したチャットGPTこと対話型人工知能。テキスト(文字)で指示すると、さまざまなコンテンツ(創造物)を提示してくれる。ビジネスマンの企画書や業務を効率化するアイディアのほか、小説、絵画、イラスト、楽曲制作など何でもござれ。医療や法務分野でも活用が進む。空恐ろしくなるが、これが現実。本書でリテラシーを身につけたい。
『落語小説集 子別れ』/山本一力/小学館文庫/759円
落語を“読む”のも乙なもの。放蕩が過ぎる大工の熊五郎。女房に咎められ、逆ギレして妻子を追い出すが、3年半後7歳になった亀吉と再会。元女房には内緒でうなぎをご馳走するが……(表題作)。他に失明した彫り師の男に訪れる奇跡「景清」、義太夫が引き起こす悲劇「後家殺し」、武家の父娘の美学を伝える「柳田格之進」など。著者の時代小説ってやっぱりいいですねえ。
文/温水ゆかり
※女性セブン2023年8月10日号