【書評】『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』/坂本龍一・著/新潮社/2090円
【評者】香山リカ(精神科医)
どう生きて、どう死ぬか。すべての人間にとって最大の問題だ。この3月、71歳の生涯を閉じた音楽家・坂本龍一氏は、本書の中で自分がその問題とどう向き合ったのかを洗いざらい語った。
2014年には喉のガンを克服した坂本氏だが、2020年に直腸ガンが発覚し、翌年はじめに大手術を受ける。その後も手術を繰り返す中で2022年、長期にわたるインタビュー取材を受け、これまでの人生や日々の様子をまとめたのが本書である。
音楽家としての軌跡の部分も興味深いが、私が印象的だったのは、“教授”という愛称で知られるこの才人の変化である。「ぼくは40歳を過ぎる頃までは健康のことなんて一切考えず、野獣のような生活をしてき」たと彼は言う。それが42歳で老眼により老いを自覚して、食生活や健康法にも気をつかうようになる。
最初の病気をしたあとは、苦手だったハワイに滞在してこれまで毛嫌いしていた音楽を聴き込み、その良さに気づく。「こだわりを持つこと自体が、自分の可能性を狭めてしまってもいるのではないかと痛感した」と言う坂本氏の心はどんどん解放されていき、それは二度目の病が進行してからも続いていくのだ。
インタビュアーが坂本氏に代わって記したあとがきによると、命が尽きる直前まで、坂本氏は大震災を機に結成され、自らが音楽監督をつとめる「東北ユースオーケストラ」の指導をリモートで行い、全公演を見届けたそうだ。明治神宮外苑再開発を見直すよう、都知事への手紙も出した。
その昔、YMOとして大ヒットを飛ばしながらも「お金と女性に目が眩んでしまった」と率直に語る坂本氏。「その人生を後悔してはいない」と言いながらも、こうやって少しずつ変わり「原点回帰」が果たせたと振り返る。
世を去るその日まで、人は成長できる。“世界のサカモト”にそんなことを教えられるとは思ってなかった。同時に、自分にとっての「原点回帰」とは何かと深く考えさせられる。
※週刊ポスト2023年8月11日号