【書評】『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ 性と身体をめぐるクィアな対話』/森山至貴、能町みね子・著/朝日出版社/1980円
【評者】嵐山光三郎(作家)
性と身体をめぐる問題は「LGBT」(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)だけでは整理しきれない。Q(クィア)が加わり、「おしゃれなゲイをクィア」というが、辞書で引くと「変態」と出てくる。侮蔑語であったのが、マツコ・デラックスが自虐的に使ったことで特権的な言葉になっていく。
「クィア」を詳しく分析して斯界の権威である森山至貴と能町みね子が、性と身体について突きつめていく痛快な書。ワクワクしながら読みすすむうちに、「はたして人間とは何者なのだ」という根源的課題に入りこむ。
Q(クィア)のほかにもいろいろあるのでQ+(クィアプラス)と書いたりする。T(トランスジェンダー)は「出生時に割りあてられた性別と違う性自認」で、かつて敬愛する女性文学教師に「わたしジェンダーです」と言われたときは、困りました。「性同一性障害」という言葉は使わなくなった。学者の森山先生と大相撲好きの能町による対談は「恋愛ってなんだろう」を突きつめていく。
セクシュアル・マイノリティは、LGBTQの分類だけでなく、もっとあり、LGBTQQIAPO2Sは「レズ・ゲイ・バイ・トランスジェンダー・クエスチョニング・クィア・インターセックス」から、アライ・パン・2スピリットまで盛りだくさん。
かつてオカマと呼ばれ、ニューハーフ・オネエに転化した芸能人は道化を演じて人気を得たが、道化ではないトランス(精神意識)で自己の存在を表現していく。性別ってなんだろう。男女一元論ではおさまらない。
「あなたはLGBTですか?」と聞くのは「あなたは老若男女ですか?と聞くのと同じだ」と森山至貴は言う。いまどき、男性歌手が「ゲイでした」とカミングアウトするのも時代遅れで、「ふみはずせばすむ」ことだ。人間は多種多様で複雑怪奇だ。侮蔑語を逆手にとって対論する反普通主義。性と身体をめぐるクィアで愉快な対論です。
※週刊ポスト2023年8月18・25日号