暑さとともに台風への警戒も必要になるこの時期。外出しにくいからこそ、屋内で読書に没頭できるチャンスでもある。おすすめの新刊を紹介する。
『黒い海 船は突然、深海へ消えた』/伊澤理江/講談社/1980円
2008年広い太平洋上で中型漁船が突如傾き、異例の速さで沈没。17人死亡。海は重油で黒く見えたという。著者は11年後にこの事件を知る。3名の生存者や遺族の話に耳を傾け、運輸安全委員会の報告書も精査。白眉は元潜水艦部隊トップへの取材。潜水艦当て逃げ仮説が真実味を帯びる。だとしたらどの国の潜水艦が? 迫真の描写と調査能力でミステリー超えの興奮を味わう。
『前の家族』/青山七恵/小学館/1980円
猪瀬藍、37才、独身、職業小説家。一大決心で買ったマンションの部屋を、売り主家族の9才の娘が訪ねてくる。次は妹連れで、やがてお詫びしまくる母親も。彼らは近所の新築一軒家に住んでいた。こうして前の家族との交流が始まるが……。経済的に自立した独居の自負と、よその家で疑似家族として甘やかされる居心地のよさ。まさかこんなホラーサスペンスになるとは!?
『クララとお日さま』/カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳/ハヤカワepi文庫/1650円
解説にあるように本書は『日の名残り』の系譜だと思う。クララは子供の親友になるべく開発されたAIロボット。店頭で14才半のジョジーに見初められ、彼女の家で暮らして友情を紡ぐ。献身と忠誠に特化したクララが最後に居る場所に胸が裂ける。愛してると言わない小説が最高の恋愛小説であるように、切ないという言葉が出てこない小説こそ至高の愛惜小説。落涙する。
『六人の嘘つきな大学生』/浅倉秋成/角川文庫/814円
高倍率IT企業の最終選考に残った6人の大学生。全員合格もあり得たが、方針は一転、自分達で1名の合格者を出すことに。6通の告発文によって就活生達それぞれの暗部が暴かれる前半、社員の座を射止めた者が8年後、様々な人々にインタビューして真相を突き止める後半と、スリリングな展開のテンポは落とさず、当初殺伐としていた小説が暖色に変わっていくのが醍醐味。
文/温水ゆかり
※女性セブン2023年8月31日号