ライフ

【書評】戸田真琴の小説に“既視感”があるのはなぜか 「記号」と化した「身体」が「わたし」を語り直す

『そっちにいかないで』/戸田真琴・著

『そっちにいかないで』/戸田真琴・著

【書評】『そっちにいかないで』/戸田真琴・著/太田出版/1980円
【評者】大塚英志(まんが原作者)

 同じ出版社から前後して出た、元赤軍派幹部・重信房子の手記を書評しようと版元のサイトを覗いたら、装本のせいか、何処か印象の被る本書があった。

 重信の本はポール・ニザンのひどく懐かしい引用、「ぼくは二〇歳だった。それが人生で最も美しいときだなんて誰にも言わせない」から始まり、冒頭からその気楽さにうんざりして、一緒に買ったこの本のページをめくって、そう言っていい権利があるのは戸田真琴の方だな、と思った。

 ざっくりと括り過ぎかもしれないが、重信と戸田は彼女たちの「二〇歳」が同時代の男性たちのアイコンとして映像に残されたという点で共通だ。そして、ともに自分の望んだこととは違う世界を遍歴し、帰還したという点でも重なる。だが、決定的に違うのは、重信は「社会」の変革を自分の選択の方便としたのに対し、戸田は何故、そういう世界線の選択をしたのかを語らない。

 戸田が少なくとも「社会」を「社会」と単純に対象化しないのは、忌避でなく(例えば彼女は宗教二世や毒親やジェンダーや、いくらでも「社会」を語れる)、「アデン」を確実に旅してきたからで、それを直截に糾弾することも容易だし、そうしていい権利もある。

 そして、同時に彼女の小説にいい意味で既視感があるのは何故だと考え、一九八〇年代、大島弓子ら二十四年組の少女まんが家たちのことばが小説へと越境していった時の印象だと気づく。

 少女まんが家たちのことばは、八〇年代以降の小説を文学からラノベまで確実に豊かにしたが、それは、男性たちの書いた少女画の繰り返しの中で「お人形」になっていたキャラクターたちに「身体」と「内面」を復興させる運動だったからだ。彼女たちは「記号」と化したキャラクターに「内面」を代入し、その軋轢が「内面」表現を豊饒にした。戸田もまた「記号」として一旦、差し出してしまった彼女の「身体」が「わたし」を語り直すことで、同じ手続きを踏む。

 アデンからの帰還者の物語たりえているのはそれ故だ。

※週刊ポスト2023年9月1日号

関連記事

トピックス

10月22日、殺人未遂の疑いで東京都練馬区の国家公務員・大津陽一郎容疑者(43)が逮捕された(時事通信フォト/共同通信)
《赤坂ライブハウス刺傷》「2~3日帰らないときもあったみたいだけど…」家族思いの妻子もち自衛官がなぜ”待ち伏せ犯行”…、親族が語る容疑者の人物像とは
NEWSポストセブン
ミセス・若井(左、Xより)との“通い愛”を報じられたNiziUのNINA(右、Instagramより)
《ミセス若井と“通い愛”》「嫌なことや、聞きたくないことも入ってきた」NiziU・NINAが涙ながらに吐露した“苦悩”、前向きに披露した「きっかけになったギター演奏」
NEWSポストセブン
「ラオ・シルク・レジデンス」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
「華やかさと品の良さが絶妙」愛子さま、淡いラベンダーのワンピにピンクのボレロでフェミニンなコーデ
NEWSポストセブン
クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左・撮影/山口比佐夫、右・AFP=時事)
《笹崎勝巳レフェリー追悼》プロレス仲間たちと家族で送った葬儀「奥さんやお子さんも気丈に対応されていました」、クマ襲撃の現場となった温泉施設は営業再開
NEWSポストセブン
役者でタレントの山口良一さん
《笑福亭笑瓶さんらいなくなりリポーターが2人に激減》30年以上続く長寿番組『噂の!東京マガジン』存続危機を乗り越えた“楽屋会議”「全員でBSに行きましょう」
NEWSポストセブン
11月16日にチャリティーイベントを開催した前田健太投手(Instagramより)
《いろんな裏切りもありました…》前田健太投手の妻・早穂夫人が明かした「交渉に同席」、氷室京介、B’z松本孝弘の妻との華麗なる交友関係
NEWSポストセブン
高市早苗氏が首相に就任してから1ヶ月が経過した(時事通信フォト)
高市早苗首相への“女性からの厳しい指摘”に「女性の敵は女性なのか」の議論勃発 日本社会に色濃く残る男尊女卑の風潮が“女性同士の攻撃”に拍車をかける現実
女性セブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《1日で1000人以上と関係を持った》金髪美女インフルエンサーが予告した過激ファンサービス… “唾液の入った大量の小瓶”を配るプランも【オーストラリアで抗議活動】
NEWSポストセブン
日本全国でこれまでにない勢いでクマの出没が増えている
《猟友会にも寄せられるクレーム》罠にかかった凶暴なクマの映像に「歯や爪が悪くなってかわいそう」と…クレームに悩む高齢ベテランハンターの“嘆き”とは
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)と稲川会の内堀和也会長
六代目山口組が住吉会最高幹部との盃を「突然中止」か…暴力団や警察関係者に緊張が走った竹内照明若頭の不可解な「2度の稲川会電撃訪問」
NEWSポストセブン
警視庁赤坂署に入る大津陽一郎容疑者(共同通信)
《赤坂・ライブハウス刺傷で現役自衛官逮捕》「妻子を隠して被害女性と“不倫”」「別れたがトラブルない」“チャリ20キロ爆走男” 大津陽一郎容疑者の呆れた供述とあまりに高い計画性
NEWSポストセブン
無銭飲食を繰り返したとして逮捕された台湾出身のインフルエンサーペイ・チャン(34)(Instagramより)
《支払いの代わりに性的サービスを提案》米・美しすぎる台湾出身の“食い逃げ犯”、高級店で無銭飲食を繰り返す 「美食家インフルエンサー」の“手口”【1か月で5回の逮捕】
NEWSポストセブン