女性の生き方が多様化したいま、肉体的な出産適齢期が、女性のライフステージ上で必ずしも子を持つのに好機かといえば、そうとも限らない。しかし、そこから幾ばくかの年月を経て、いよいよ子を持ちたいと思ったとき、必ず妊娠できるというわけでもない。その事実を真正面から受け止め、「卵子凍結」という選択をした1人のトップアスリートを追った。
フィギュアスケーターの小松原美里選手(31才)が卵子凍結を決めたのは、2022年2月に開催された北京五輪直前のこと。アスリートとして成長する一方で、競技者ならではの体調不安を感じていたという。
「9才でスケートを始め、スレンダーな方が見た目もよくジャンプも跳べるからと、過酷な食事制限によって10代で摂食障害になってしまったこともあります。ようやく生理がきたのは16才。これまで生理が止まったり、同じ月に何度もきてしまったりを繰り返していました」(小松原選手・以下同)
体脂肪を極限まで落とすと、女性ホルモンの原料となる脂肪が減り、生理の開始が遅くなるほか、生理不順を引き起こしてしまうことがある。
「あるとき、また生理が止まったことがあったのですが、知人から“やせたってことだね。よかったね”と言われ、言葉に詰まってしまいました」
不安を抱えながらも、着実に実力をつけていた時期。北京五輪に出られなかった場合も現役を続けると決めていた。
「アイスダンスは奥が深く、2人で組んで長く続けるほど成長していきます。夫でパートナーのティムとも脂が乗ってきたと感じていました。2026年の冬季五輪は開催都市がミラノで、ティムと出会った場所でもあります。何か運命的なものも感じて、そこまで続けたいと思ったんです」
そんなとき、スノーボードの銀メダリスト・竹内智香選手(39)が卵子凍結したことを知る。
「竹内さんの記事を読み、こんな選択肢があるのかと驚くと同時に、うれしい気持ちがわきあがりました。そしてこのとき初めて、自分が妊娠について不安に思っていたことを自覚しました。
引退した後、自分は子供を迎える準備ができているのか、実子でなくても母親を必要とする子供を迎え入れることも選択肢ではないかなどと考えました。それに私には夫がいるので、卵子ではなく受精卵の凍結という選択もあります。ですが、人はそのときどきで自分の置かれた状況や考えが変わっていく。だからこそ後悔しないために、30才(当時)のいまの自分にできることをしたかったのです」