【書評】『海のアイヌの丸木舟 ラポロアイヌネイションの闘い』/青柳絵梨子・著/寿郎社/2640円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
アイヌ語で「大勢で歌うこと」を意味する「ウポポイ」は、北海道開拓史において、明治政府が先住民であるアイヌから奪い取ってきた独自の文化や歴史を広く伝える施設にも名付けられた。
「総事業費約二〇〇億円」を投入した「国立の観光施設」の開業式典で、著者は「何か忘れていませんか」と、むなしさに捕らわれる。
先住民族のアイヌと、日本民族との「共生の象徴となる空間」と謳ってはいても、最も重要なコンセプトが欠けていたからだ。先祖代々、サケやシカを捕って暮らしてきたアイヌの「先住権」について語ることなく、アイヌの「着物や工芸品」を展示し、「伝統舞踊」を披露するなど、「文化振興」一色にまとめられていたことへの違和感だった。
北海道浦幌町で漁業などを営む「九人」のアイヌの人々が、十勝川でサケを捕獲するための「先住権」の確認を求め、札幌地裁に訴訟を起こすのは、ウポポイの開業から一カ月後のことだ。
彼らは、訴訟に先立ち、伝統的な漁法で漁をするための「丸木舟」を完成させていた。「先祖が営んできた川サケ漁を文化的側面から証明」し、行政の規制を受けることなく、アイヌの生業を復活させるために。
通信社の記者として、その活動を取材してきた著者は、アイヌの権利回復がいかに困難かを、驚くべき情熱で克明に記録している。彼らの祖父母や父母たちは、学術研究と称して「アイヌ民族人体骨」をコレクションにしていた北海道大学や札幌医科大学などを相手に、先祖をアイヌの土地に戻し、眠らせるための「遺骨返還訴訟」を闘った。「お金には変えられない心の問題」が、サケを捕獲する「先住権」訴訟に繋がっている。
この裁判の行方は不透明ながら、決着前に「北海道知事の特別採捕許可を得て」、丸木舟による伝統的漁法を復活させている。アメリカインディアンの「先住権」回復の歴史にも踏み込み、民族共生社会の多様性について、深く考えさせられる労作。
※週刊ポスト2023年9月8日号