関東大震災が発生してから100年目にあたる今年9月1日、長く闇に葬られていた事件を描いた映画が公開される。タイトルは『福田村事件』(監督・森達也)。震災が発生した5日後、千葉県東葛飾郡福田村(当時)に住む100人以上の村人によって、香川から訪れた薬売りの行商団15人のうち、幼児や妊婦を含む9人が殺害された。
震災直後、関東各地で地域の「自警団」や住民による「朝鮮人虐殺」が行なわれた。行商団は讃岐弁で話していたことから、朝鮮人と決めつけられて殺害されてしまう。「善良な住民」は、福田村で、そしてほかの町や村で、なぜ「虐殺行為」ができたのか。100年後を生きる私たちにとって、それは「過去の話」なのか。
作品の中で重要な役割を果たす村の自警団のリーダーを演じた水道橋博士に、今の社会状況に感じる危うさや、この事件と同じことをまた繰り返さないために私たちはどうすればいいのか、そして、国会議員になった理由と志半ばで辞職したときの気持ちを語ってもらった。(前後編の後編。前編から読む。聞き手・石原壮一郎)
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ネット上では当時の「虐殺」と同じことが繰り返されている
──関東大震災の直後は、たくさんの朝鮮人や中国人、「福田村事件」のように朝鮮人に間違われた日本人、そして労働運動家や無政府主義者らの虐殺が起きました。正確な犠牲者の数はわかっていませんが、約6000人とも、もっと多いとも少ないとも言われています。また大規模な災害があった場合、同じようなことが起きてしまわないでしょうか。
起きる可能性は大いにあるでしょうね。100年前にこれほど広く虐殺が行なわれたのは、日本人が流言飛語を信じやすいというのが、大きな原因でした。ヘンだと思っても、異を唱えたら村八分になってしまう。足並みをそろえて悪行に加担するしかなかった。いや、ほとんどの人は「村を守るために正しいことをしている」と思っていたでしょう。
100年たっても、ネット上では同じことが繰り返されています。いったん「こいつは悪者だ」というレッテルを貼られると、「殺してもいい」という勢いで容赦のない攻撃の刃が向けられる。標的になった人が実際に命を絶ってしまっても、攻撃した側は反省なんてしません。「みんなやってたから」「悪いのはあいつだから」と思うだけです。匿名の加害者は何の自覚もありません。
──近年では「朝鮮人虐殺なんてなかった」と声高に主張する人も少なからずいます。
これだけたくさん記録や手記が残されているのに、なぜ「なかった」なんてことが言えるのか不思議です。「数が違う」と主張している人たちもいる。そういう問題じゃない。
ただ、政治の側は必死で「なかったこと」にしようとしている。小池都知事は7年連続で、朝鮮人犠牲者追悼式典に追悼文を送りませんでした。これは自分の支持層に姿勢をアピールするためなんでしょうか。「虐殺なんてなかった」「ごく一部であっただけだ」と言いたい人は、権力者側の態度を見て、大きな後ろ盾を得た気になってるのかもしれません。