暦の上では秋だが、まだまだ厳しい残暑が続いている。気分だけでも秋を味わいたいなら、読書の秋の先取りがおすすめ。今読みたい新刊を紹介する。
『わたしたちに翼はいらない』/寺地はるな/新潮社/1815円
地方都市で生まれ育った男女が新たなドラマを紡ぐ。中学で中原大樹からいじめられていた独身の園田、大樹と結婚して保育園に通う娘がいる専業主婦の莉子、同じ保育園に娘を預けるシングルマザーの朱音。過去の恨み、ママ同士の嘲笑マウント、実家や夫婦間のモラハラなど、人はなんと多くのお荷物(欲望)を背負っていることか。欲から切れた朱音の人物造形が印象深い。
『マリエ』/千早茜/文藝春秋/1870円
写真家の夫が「恋愛したい」と言い出し、葛藤の末離婚を受け入れた40目前の会社役員・桐原まりえ。明るい部屋で独り身の解放感にひたる中、好奇心から結婚相談所に登録する。そこで見た世間の岩盤価値観。え、結婚と恋愛は違うの!? “葡萄の新酒は新しき革袋に”という諺を思い出す。まりえの向こうにいる沢山の現実の女性達。新しき革袋を探す彼女達にエールを送りたい。
『中流危機』/NHKスペシャル取材班/講談社現代新書/1012円
バブル崩壊後、日本の雇用環境は短期主義、コスト主義(人の部品化)に。これにより中流層は崩壊。前半でその実例を、後半で再生の処方箋を書く。キーワードは産業構造の転換に資するリスキリング。諸外国は国策で個の支援を行っているが、日本はほぼ企業任せ(日立の先取が素晴らしい)。この国の停滞の原因は“長期視野の欠如”。若者から希望を奪ってはならないと思う。
『サルデーニャの蜜蜂』/内田洋子/小学館文庫/737円
1枚の写真からドラマを想像することがあるが、著者の随筆はいわば逆コース。次々と浮かぶ映像で脳内がイタリアンカラー溢れる映画館になる。表題作は古代ローマ時代から世襲で蜂蜜作りをするサルデーニャ島の一家を内陸部に訪ねたもの。古代ローマ皇帝が愛した鈍い飴色の蜂蜜は一瞬の苦さの後に甘みが広がったという。自伝的な1編を含む15編はどれも極上の甘苦さ。
文/温水ゆかり
※女性セブン2023年9月21日号