猛烈な暑さが落ち着き、少しずつ秋の気配を感じられるようになった。秋といえば読書。おすすめの新刊を紹介する。
『八月の御所グラウンド』/万城目学/文藝春秋/1760円
教授にどう泣きついて卒業するかは昔の大学生の一大課題。表題作で教授が「俺」の友人多聞に出した交換条件は草野球大会での優勝。多聞に脅され「俺」も野球チームのメンバーとなるが、強力な助っ人が現れ……。京都版「フィールド・オブ・ドリームス」にお盆の送り火の情緒が加わり、ファンタジーの奥から78年前の夏がニュッと顔を出す。祈りと鎮魂の部分を味読して。
『夫婦の壁』/黒川伊保子/小学館新書/1034円
妻達が寄せたイラつく夫に関する29の相談事。著者は“分かるわ〜”と共感しつつ、“そうなるのはね”男脳の解説をして処方箋を示す。ちなみに脳に性差はないが、真っ先に働く神経回路が違いを生むのだとか。タスク達成型の男脳、共感重視の女脳。その溝をどうやって乗り越えるか。頼っておだてて夫をその気にさせる方法はユーモラス。夫婦の憂さを払う明るい一冊。
『じい散歩』/藤野千夜/双葉文庫/825円
88にして健啖家で健脚の明石新平。糟糠の妻英子は87でボケ始めた。息子3人は全員独身で、長男は引きこもり、次男はスカートを常用、三男は懲りない借金魔。そんな今を新平の回想が追いかける。赤紙、家業を捨てた結婚、建設会社創業、放蕩三昧。病状が進む英子に対する次男の態度は、母子逆転の慈母のよう。崩壊途上の昭和の家族に彼(彼女?)がいてくれてよかった!
『血も涙もある』/山田詠美/新潮文庫/649円
和泉桃子35才。「私の趣味は人の夫を寝盗ることです」と偽悪家ぶって言うけれど、俗人のウケを狙っただけ。人気料理研究家・沢口喜久江の助手である桃子は、先生の10才下の夫でイラストレーターの太郎と恋に落ちる。小説は3人が交互の語り手となって進む。喜久江の包容力、太郎の芸術家気質、桃子の純な奔放。その光と影が相互に作用して迎える着地に思わずニッコリ。
文/温水ゆかり
※女性セブン2023年9月28日号