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長編『ヒロイン』で女性信者の逃亡劇を描いた桜木紫乃氏「私は桜木紫乃に成りすます時間に救われた」

桜木紫乃氏が新作について語る

桜木紫乃氏が新作について語る

 主人公は1995年3月、都会の白昼を襲った〈渋谷駅毒ガス散布事件〉の実行犯として手配され、以来17年間、赤の他人として生き延びた、事件当時23歳の〈光の心教団〉信者、〈岡本啓美〉──。誰もがあの事件を思い浮かべる設定のもと、桜木紫乃著『ヒロイン』は、実は何も知らされないまま共犯にされた無実の彼女の来し方と罪の意識の変遷を、あえて虚構に描く意欲作だ。

 死者5名、重症者多数の惨事となった渋谷を起点に、川崎、新潟。東武東上線で池袋から1時間ほど行った埼玉の田舎町〈鬼神町〉に釧路、池袋。そして最後は〈神奈川のダム湖近くにある見知らぬ町〉から札幌、網走までを、名前や体型まで変えながら転々とした彼女の旅は、その実、娘、妻、母親等々、人生の場面場面で見せる顔が違う女性のあり様とも重なる。

「だって誰にも成りすまさないで生きている女なんて、この世にいます?」

 本作は元『サンデー毎日』連載。女性信者の逃亡劇という設定は、担当編集者からの発案だったという。

「最初に言われたのは、別に宗教を書いてほしいわけじゃないと。それに加えて私にとって最高の殺し文句だったのが、『私が生きなかった私を書いてください』という、担当者からいただいたシビれる一言でした。

 つまり私は事件そのものというより、17年間、逃げ続けたとされるその女性に勝手に寄り添って、自分が見てきたものを書いただけ。ヘンな言い方ですけど、今作では主人公をすぐそこで見ているような感覚が本当に毎日あったんです。だからもし主人公と似た人が現実にいたとしても、私の中ではこの啓美の方が本当……なんて、つくづく傲慢ですね」

 啓美は大阪出身。子供の頃からバレエ教室を営む母の期待を担ってきた彼女は、100g単位で体重を見抜く母から過酷な減量を強いられ、伸びない手脚や才能に限界を感じていた。

 そんな姪を案じ、高3の時に叔母から誘われたのが〈光野現師〉のセミナーで、以来啓美は教団に身を寄せ、母を捨てた。そしてあの日、富士山のふもとにある施設で幹部の〈貴島紀夫〉とたまたま話したことをきっかけに、彼らがリュックの中の〈光の世界を取り戻す装置〉でテロを企てているとも知らずに、渋谷駅で共に下車してしまうのだ。

「実は彼女、自分の意志で能動的に逃げたのは、母親からの1回きりで、あとは巻き込まれただけ。たった1回逃げただけで40歳まで逃げる羽目になった、身も蓋もない話なんです」

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