【書評】『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』/ナンシー・フレイザー・著 江口泰子・訳/ちくま新書/1210円
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
資本主義は、労働者を生活ギリギリの低賃金で雇うことで剰余価値を生みだし、それを資本が搾取して蓄積する経済システムだと一般に理解されている。だが、資本主義の本質は、それだけに限らない。資本主義は、あらゆる場面で労働者からの徹底的な収奪を行い、その人権を否定する経済社会システムだ。本書の主張を大胆に要約すると、そのようになるだろう。そして私は、その見立てに全面的に賛成だ。
現代社会が抱える女性差別や人種差別、環境破壊、帝国主義や民主主義の否定といった構造的問題は、すべて資本が無限に増殖を続けようとする資本主義に根差すものだ。だから、小手先の対処では解決しない。否定すべきは資本主義そのものだと著者は言う。
本書では、そのことを一つ一つ、歴史や世界情勢を踏まえて、丁寧に論証していく。それは、決して読みやすい記述ではないが、何度も慎重に読み返せば、理解できるはずだ。少なくとも、本書はマルクスの『資本論』よりは、ずっと読みやすい。そして、読者は最後に資本主義が行き詰まる必然性にたどり着くだろう。
私の関心は、資本主義が行き詰まった後のポスト資本主義社会がどのようになるのかということだ。だが『資本論』と同様、本書でも、具体的なビジョンは示されていない。しかし、著者は「自律性の回復」が必要だと言っているのではないだろうか。資本の奴隷になると、人間は自ら考え、行動する自由を失ってしまう。収奪の究極の対象は、自由なのだ。
私がこの本を読んで思い出したのは、オムロンの創業者立石一真氏が1970年に発表した未来予測学、SINIC理論だった。この理論では、経済社会が何段階かの構造転換を果たした後、2025年に「自律社会」へと大転換すると予測している。立石氏は、資本主義の行き詰まりを半世紀前に予測していたのかもしれないと思うと同時に、資本主義の命は、あと2年しか残されていないのかもしれないとも思うのだ。
※週刊ポスト2023年10月6・13日号