「寅さんと 恋をするけど 結ばれない」──渥美清さんが逝去して27年、いまなおDVDシリーズが売れるほど、時を超えて愛される『男はつらいよ』。シリーズ第39作『男はつらいよ 寅次郎物語』(1987年)でマドンナ・隆子を演じた秋吉久美子(69才)が撮影秘話を語る。
『男はつらいよ 寅次郎物語』(1987年・第39作)
監督:山田洋次
【あらすじ】
寅さんのテキヤ仲間が亡くなり、その息子・秀吉が寅さんを訪ねて上京。二人は秀吉の母を探す旅に出るが、旅館で秀吉が高熱を出してしまう。協力を申し出てくれた隣室の隆子と、寅さんの必死の看病のおかげで、翌朝に秀吉は快癒。後ろ髪を引かれる思いで隆子と別れた寅さんは、なんとか秀吉の母を探し出し、一人東京へ戻るのだった。
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最初マネージャーから「このマドンナ役ならあなたにぴったりよ」と話があり、プロデューサーからも熱心にお話しいただいたのがきっかけです。フーテンの寅さんのように訪問販売で、軽自動車を使い、化粧品を売り歩く隆子という役を演じることになったんです。
役作りの際は、彼女の孤独感や生きるつらさを深く理解して、丁寧にしっかり表現しようと思いました。とくに、寅さんと一晩だけ幻の家族として過ごす隆子の切なさを、丁寧に演じたつもりです。
それまでは、どちらかと言うとエキセントリックな役が多く、どうなるかなと思いました。でも、フーテン同士、病気の子供の「父さん」「母さん」になって助ける役は新鮮でした。また『男はつらいよ』という作品のメジャー感みたいなものは感じていたので、「自分にとって新しい挑戦になるな」という実感もありました。
もちろん、私にとってはどの作品も特別なので、モチベーションや思い入れもいつもと同じです。ただ、マドンナ役をやると友人に話したらとても喜んでくれたり、「これでやっと女優として一人前だね」と言われたりしたので、そこが違う点かもしれません。
じつはこの役のために私が車の免許を取得したのが、3回も実技試験に落ちたこともあり、撮影の一週間前でした。後部座席にカメラマンと監督を乗せてあるシーンを撮影した際は、砂利山に思い切り突っ込んでしまい、後ろでお二人が「ギャアアア!」と叫んでいました(笑い)。
また、金峯山寺でのロケで修験者のかたが少し出演されているのですが、その中のお一人が現在長臈を務められている田中利典さんで。田中さんとはその後、熊野古道の世界遺産会議でご一緒して、不思議なご縁を感じましたね。
渥美さんとは、ジェネレーションギャップがあったからか、急に「秋吉さんってヤンキーなんですか?」と言われたりしました(笑い)。でも「ちょうちょよりトンボを追いかける少年のようだね」と言われたのも印象に残っていて、渥美さんって案外二枚目なんだなと思いました。
それは寅さんの役柄にも反映されていて、普段は風来坊だし、妹にお金をもらって旅に出るような、一見ダメな男に思えます。でも「俺たちみたいな奴は、まっとうな生活を望んじゃダメ」といったセリフからもわかる通り、実はしっかりけじめをつけられる人だし、かなり男気もあるんですよね。だから隆子もグラッとくるわけですが、寅さんがかっこいいと感じられるようになったのは、私自身が成長したからなのかもしれません。
そして『男はつらいよ』を見て強く感じるのは、日本中に女性の数だけマドンナがいて、寅さんにとっては女性全員がマドンナであり、隆子もその中の一人なんだ、ということです。女性目線でタイトルをつけるなら、「女は切ないよ」なんてどうでしょう?
【プロフィール】
秋吉久美子(あきよし・くみこ)/1954年生まれ。映画『十六歳の戦争』で主演デビュー後、ドラマやバラエティ番組で活躍。代表作に映画『赤ちょうちん』『バージンブルース』『あにいもうと』『誘惑者』など。受賞作多数。
取材・文/秋月美和
※女性セブン2023年10月26日号