ビジネス

「実家の台所みたい」と愛されている神戸の角打ちには震災を乗り越えた「だんじり」魂が宿っている

 JR甲南山手駅から住宅街を10分ほど歩くと『小田商店』がある。この辺りは阪神・淡路大震災の被害が大きかった地区で、「ここいらの建物は、ペシャンコになってね、このエリアでは3軒だけが幸運にも倒れずに残ったんですけど、そのうちの1軒がうちなんですよ」と『小田商店』店主の妻・小田代里子(よりこ)さん(73歳)が振り返る。地元・保久良(ほくら)神社のお祭り「だんじり」に奉納酒を届ける由緒ある店である。

創業は昭和40年。震災を乗り越え、地域に根付いた店だ

創業は昭和40年。震災を乗り越え、地域に根付いた店だ

「だんじりはお正月みたいなもんですわ」と語るのは2代目店主の小田雄二さん(76歳)。要職の梃子(てこ)係を47歳から55歳の男盛りに8年も務めた。お祭りは毎年5月の4日と5日。梃子係は管理、運営、運行の総大将だ。小田さんは目を細めながらお祭りの話をしてくれた。

「梃子係っちゅーのは元々、だんじりが曲がるときに、前輪を上げるタイミングとかの指示を出す係やな。祭りが近づくと、『試験曳き』と称して、夕方から小一時間、だんじりを蔵から出しては曳くんやけど、『適当なところで蔵に入れてくれよ』『はい、わかりました。そこそこの時間に納めます』なんて言いながらも、曳き出したら、熱くなってな、時間オーバーして曳いてまうねん(笑い)。血がたぎるんですわ」

 そんなこんなしながら、お祭り当日を迎える。「本番で町曳きする日は、店で子供らにおやつを配るし、町内の人らには酒や食べ物を振る舞います。うちの伝統ですわ」(店主)。

2代目店主の小田雄二さん。だんじりへの想いを熱く語ってくれた

2代目店主の小田雄二さん。だんじりへの想いを熱く語ってくれた

 店の奥の部屋には、「鬼板(おにいた)」と呼ばれる、だんじりの屋根の上に設える獅噛(しがみ)が飾ってある。特別なあしらいで、美しい彫刻を施されているのだが、お祭りの仲間が店主にプレゼントしたものだそうだ。壁に並ぶ写真では、法被姿の店主が、曳き手の若衆に囲まれて、だんじりをバックに中央でにこやかに笑っている。

写真左は店主の妻・代里子さん。料理の腕には定評がある

写真左は店主の妻・代里子さん。料理の腕には定評がある

 特製「鬼板」のことを誇らしげに教えてくれた女性客(50代)は、「灘に帰ってきたら実家に顔を出す前に、真っ先にこの店に『ただいまー』と言うねん。ほしたら『おかえりー』言うてくれる。ここはな、父と母がおる。アットホームと言うよりな、家や、家そのもの!」。

 昭和40年の開店当初から始めた角打ちは、今や “せんべろ・ラウンジ”という愛称をつけられた。お祭りの馴染み衆に加えて、17時を回ると仕事を終えた人たちが店にやってくる。アテの小皿は、24歳で丹波篠山から嫁いだ代里子さんの特製。お盆にずらりと載っていて、どれも美味そうだ。なのに、「裏メニューがあるねん。お母さん、豚キムチ、作ってやあ」と頼む常連(50代)も。「な? 実家の台所みたいやろ。祭りの日だけはシャキッとするけど、他はアホな話ばっかしよ(笑い)」

会社帰りは、いつものメンバーが“せんべろ・ラウンジ”に集い盛り上がる

会社帰りは、いつものメンバーが“せんべろ・ラウンジ”に集い盛り上がる

 この日にいた別の常連組は、会社の飲み仲間。「うちの会社で、ここで飲むメンバーは9人いますわ。とはいえ、部署も年齢もバラバラ。そやけど小田さんの店のおかげで、妙な結束ができてます」と語る40代氏は、「先輩と話すのも楽しいし、(お祭りの)隣組の人と話すのも楽しいんです。でもね、気分良くなりすぎて、帰りの電車で終点の京都まで行ってまうことあるねん! 僕2回、やってまいましたわ。嫁にめっちゃ怒られたわ(笑い)」と、“せんべろ・ラウンジ”の魔力を注意喚起してくれる。

 かと思うと、「今日は取材やと聞いたから一張羅を着て、香水つけてきました」と、ちょける若手客も。 “ちょける”とは関西の言葉で、“おどける、ふざける”の意味。「香水は写真に映らんやろ」「嘘に決まってますやん」と、西の人間ならでは、ノリはにぎやか。

気心の知れた仲間たちとの会話に、笑顔が弾ける

気心の知れた仲間たちとの会話に、笑顔が弾ける

 そんな中、静かに飲んでいた客(40代)は、「ここに来るようになって、6、7年かなあ。最初は入り口のベンチで飲んでいたんです。そしたら年長の常連さんが『兄さん、そんなところで飲まんと、中に入り~』ゆーてくれた。それが通い始めたきっかけです。いつの間にか僕、『中に入り~』と言う側になりましたねえ。それで、帰る新参客の背中に『また来てね~、また飲もね~』と言いますわ。オモロイもんやね。ひっくり返ったわ」

 そのうち、今日の仕事を終えた店主が「何をわさわさゆーとうねん。わしも一緒に飲もか」とやってきた。「これよ、これ、やっぱし大将の人柄、この店はそれにつきます」(50代)、「小田さんの店がつぶれて欲しないから、せっせと来るんですわ」(40代)、そんな声を聞きながら店主は笑っていた。

 今宵、皆の手には焼酎ハイボール。「キリッとして沁みるわ。クセがなくて辛口やから、どんな料理にも合うんよ。まぁ、日々いろいろあるけど、なんにでも合うのはエエこっちゃ」とさっきの常連が破顔した。

代里子さん特製の料理には、辛口の焼酎ハイボールがよく合う

代里子さん特製の料理には、辛口の焼酎ハイボールがよく合う

■小田商店

【住所】兵庫県神戸市東灘区本山中町2-5-27
【電話】078-431-0897
【営業時間】月~土・祝15~21時、日曜定休 
焼酎ハイボール280円、ビール大びん440円~、春巻き1本300円、だし巻き300円、タコの酢の物300円

関連記事

トピックス

佳子さまと愛子さま(時事通信フォト)
「投稿範囲については検討中です」愛子さま、佳子さま人気でフォロワー急拡大“宮内庁のSNS展開”の今後 インスタに続きYouTubeチャンネルも開設、広報予算は10倍増
NEWSポストセブン
「岡田ゆい」の名義で活動していた女性
《成人向け動画配信で7800万円脱税》40歳女性被告は「夫と離婚してホテル暮らし」…それでも配信業をやめられない理由「事件後も月収600万円」
NEWSポストセブン
大型特番に次々と出演する明石家さんま
《大型特番の切り札で連続出演》明石家さんまの現在地 日テレ“春のキーマン”に指名、今年70歳でもオファー続く理由
NEWSポストセブン
NewJeans「活動休止」の背景とは(時事通信フォト)
NewJeansはなぜ「活動休止」に追い込まれたのか? 弁護士が語る韓国芸能事務所の「解除できない契約」と日韓での違い
週刊ポスト
昨年10月の近畿大会1回戦で滋賀学園に敗れ、6年ぶりに選抜出場を逃した大阪桐蔭ナイン(産経新聞社)
大阪桐蔭「一強」時代についに“翳り”が? 激戦区でライバルの大阪学院・辻盛監督、履正社の岡田元監督の評価「正直、怖さはないです」「これまで頭を越えていた打球が捕られたりも」
NEWSポストセブン
ドバイの路上で重傷を負った状態で発見されたウクライナ国籍のインフルエンサーであるマリア・コバルチュク(20)さん(Instagramより)
《美女インフルエンサーが血まみれで発見》家族が「“性奴隷”にされた」可能性を危惧するドバイ“人身売買パーティー”とは「女性の口に排泄」「約750万円の高額報酬」
NEWSポストセブン
現在はニューヨークで生活を送る眞子さん
「サイズ選びにはちょっと違和感が…」小室眞子さん、渡米前後のファッションに大きな変化“ゆったりすぎるコート”を選んだ心変わり
NEWSポストセブン
悠仁さまの通学手段はどうなるのか(時事通信フォト)
《悠仁さまが筑波大学に入学》宮内庁が購入予定の新公用車について「悠仁親王殿下の御用に供するためのものではありません」と全否定する事情
週刊ポスト
男性キャディの不倫相手のひとりとして報じられた川崎春花(時事通信フォト)
“トリプルボギー不倫”の女子プロ2人が並んで映ったポスターで関係者ザワザワ…「気が気じゃない」事態に
NEWSポストセブン
すき家がネズミ混入を認める(左・時事通信フォト、右・Instagramより 写真は当該の店舗ではありません)
味噌汁混入のネズミは「加熱されていない」とすき家が発表 カタラーゼ検査で調査 「ネズミは熱に敏感」とも説明
NEWSポストセブン
船体の色と合わせて、ブルーのスーツで進水式に臨まれた(2025年3月、神奈川県横浜市 写真/JMPA)
愛子さま 海外のプリンセスたちからオファー殺到のなか、日本赤十字社で「渾身の初仕事」が完了 担当する情報誌が発行される
女性セブン
昨年不倫問題が報じられた柏原明日架(時事通信フォト)
【トリプルボギー不倫だけじゃない】不倫騒動相次ぐ女子ゴルフ 接点は「プロアマ」、ランキング下位選手にとってはスポンサーに自分を売り込む貴重な機会の側面も
週刊ポスト