初タイトルとなる棋聖を獲得した後に師匠の杉本昌隆八段(左)と姉弟子の室田伊緒女流二段(右)とのスリーショット。この年、コロナ禍で対局が自粛される期間が続いたが、藤井はその間に研究に没頭することができたという。自粛明けの対局で蓄えた力を爆発させた
厳しい競争を勝ち抜き、プロ棋士になれるのは原則として年間で4人のみ。現役の棋士は170人ほどしかいない。「天才集団」と呼ばれる彼らの中で、藤井聡太はなぜ頂点に立てたのか。藤井と杉本昌隆師匠の対談取材をしたことがある、野澤亘伸氏がルーツを辿った。【全3回の第2回。第1回から読む】
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「将棋が好きということが才能であるなら、聡太くんは天才ということになります。その気持ちが強いので努力を努力と思っていないんです」と話す室田伊緒女流二段(34)は藤井聡太八冠と同じ杉本昌隆八段門下で、姉弟子の立場だ。藤井のことは小学2年生のときから知っている。
「普通はプロの先生がこの手がよいと言ったら、子供はみんな納得してしまいます。でも聡太くんは違う考えを師匠に対してもはっきりと言う子でした」(室田さん・以下同)
藤井の家庭環境も強さの一因だと分析する。
「子供は興味を持ったものに、どんどんのめり込んでいく。でもやりなさいと言われると嫌になってしまう。藤井家は本人が関心を持ったものに対して口は出さずに環境づくりをしてあげる。大会に連れて行ってあげるとか、サポートだけ。それがいちばん大事なことかなと思います。
聡太くんのお母さんは、負けて泣いているときでも無理に泣き止ませることはせず、優しく見守っていたと聞きます。実は彼と初めて指したときは、私が勝ったんです。『お腹痛い。コーラ飲みすぎた』って言い訳していて、めちゃくちゃかわいかったです(笑い)」
藤井は、2016年9月に史上最年少の14才2か月でプロ入りを果たした。その後、負け知らずでデビュー以来29連勝。室田さんは藤井のメンタルの強さを特に感じていた。
「あれだけの報道陣に囲まれたら震える人が大半だと思う。その中で結果を出しているのがすごい。子供の頃はわからなかったですが、プロになってからは心技体が揃っている。持って生まれたものかと思いますが、将棋に集中していて周りを気にせずに力を出せるのかもしれません」
中学生棋士としてデビューした藤井にとって、高校進学は大きな岐路だった。昭和の時代には棋士はほとんどが中卒だった。結果として両親の希望もあり、藤井は名古屋大学教育学部附属高等学校に進学する。その後、タイトルを獲得して高3で退学した。
「高校は行ってよかったと思います。将棋界だけでなく同世代の人たちとつきあうのは、そのときしか経験できない大切なことですから」
(第3回へ続く。第1回から読む)
取材・文/野澤亘伸 写真/野澤亘伸、藤井家提供
※女性セブン2023年11月16日号
中高一貫校の名古屋大学教育学部附属中学を、母親と話し合って受験した。小学6年生の12月に受験を決意し、進学塾には通わず、翌年の3月に合格
デビューからの29連勝達成時の感想戦。将棋連盟の特別対局室には大勢の報道陣が押し寄せた。対戦相手は増田康宏四段(現七段)。当時将棋界で最も若い2人の対戦だった