前回の特集「高血圧と薬」は大きな反響を呼んだ。もしかして私たちは医者と薬によって病気にさせられているのではないか……それは降圧剤だけでなく「生活習慣病」すべてに関わる問題である。
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監修・取材
和田秀樹(わだ・ひでき)/1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。和田秀樹こころと体のクリニック院長。和田秀樹カウンセリングルーム所長。著書に『80歳の壁』(幻冬舎刊)、『「さびしさ」の正体』(小社刊)などがある。
ナビタスクリニック川崎 谷本哲也医師
秋津医院(東京・品川区)院長 秋津壽男医師
薬剤師 長澤育弘氏
坂東ハートクリニック院長 坂東正章医師
ジェネリック医薬品による不祥事
「医薬品への不信感を一層深める不正であり、患者さんへの影響を強く危惧しています」
そう話すのは、ナビタスクリニック川崎の谷本哲也医師。ジェネリック医薬品を主力にする製薬大手の沢井製薬が10月下旬に明らかにした、同社製胃薬の試験不正問題を受けてのコメントだ。
沢井製薬は、製造後3年を経た「テプレノンカプセル50mg」が胃の中で問題なく溶けるかを調べる品質試験の際、別の新しいカプセルに詰め替える不正な方法で検査を行なっていた。8年前から続いていたという。
かつてジェネリック医薬品で売上高1位だった沢井製薬による不正は、大きな衝撃を与えた。しかし、今回の不正は、医薬品をめぐる不祥事全体から見れば、ほんの一部に過ぎない。特に近年はジェネリックメーカーの不祥事が相次いで発覚している。
2020年12月には小林化工が製造する水虫治療薬に睡眠薬の成分が混入する事件が起き、健康被害も報告された。2021年3月には、日医工が降圧剤や糖尿病治療薬の製造工程での不正を10年以上前から続けていたとして、業務停止命令を受けた。
その後、一般医薬品メーカーを含め、厚労省による全国の製薬工場への立入検査が行なわれたこともあり、各地で製薬企業の不正や省令違反が発覚。行政処分が下された事例は数多い。
厚生労働省は医療費抑制のため、安価なジェネリックの普及を進め、現在のシェアは8割前後まで伸びた。
その多くが、長期間にわたって服用される高血圧や糖尿病などの生活習慣病の治療薬だ。身近な薬の製造段階で相次ぐ不祥事に、不安を抱く患者は多いだろう。
ジェネリック医薬品の製造で不正が頻発するのはなぜか
「国が定める薬価が先発品の5割以下に設定されるジェネリックの分野では、各社がコストを抑えて製造することで鎬を削っており、“薄利多売ビジネス”といえます。売れる薬の製造に新規参入するメーカーは多く、そうした過当競争が背景にあると思われます」(谷本医師)
先述した日医工の不祥事の後、不正の原因究明を目的に弁護士らがまとめた「調査報告書」には、こんな記述が各所にある。
〈ジェネリック医薬品の需要増に伴い(中略)生産数量・生産品目数も急増した〉
〈生産体制が、予定される出荷量に全く追い付いていなかった〉
企業再生ファンドのもとで経営再建中の日医工は今年3月、221品目の販売中止を発表した。
製薬企業の相次ぐ不祥事から供給力が落ち込み、「医薬品不足」が社会問題となっている。
「ジェネリックが多い生活習慣病薬や解熱鎮痛剤、抗生物質などで供給不足が起きています」(同前)
病院で処方された薬が薬局で手に入らないなど、薬の供給減による混乱が各地で報告されている。一方で、今回の騒動をきっかけとして、日本における処方薬のあり方そのものを見直すべきだという指摘もある。
薬不足は安易な過剰処方のせい?
本当の問題は「供給不足」ではなく、「需要過多(過剰処方)」ではないか──『80歳の壁』著者で老年精神科医の和田秀樹医師はそう考えている。
「そもそも生活習慣病の治療薬は、医師が血圧などの数値を“基準値”まで下げることを目的に、安易に処方している実態がある。本来はその人の年齢や体質、病状などをしっかり調べたうえで、その人にとって適正な数値を見極めながら医師は薬の種類や量を調節すべきです」
和田医師自身、血圧や血糖値の高さを指摘された1人でもある。
「僕は上の血圧が220もありましたが、特に不調を感じなかったので5年くらい放っておきました。その後、心肥大を指摘されたので降圧剤で正常値まで下げたのですが、頭がフラフラしてしまった。現在は170くらいが自分には合っているので調整しています。
血糖値は4年半前に660あり、糖尿病と診断されました。運動を始めて300まで下げることができた。それでも“基準値”には遠く及びませんが、3か月に一度の合併症の検査で異常はなく、体調はいいので問題ありません」
和田医師は「薬はいらない」とすべてを否定しているわけではない。
「しかし、基準値で一括りにして薬が処方されることで、本来は薬を飲む必要のない人までが“患者”にされている可能性が高い。現在騒がれている薬の供給不足以前に、薬の過剰処方こそが問題です。医療関係者も患者もそう認識すべきではないでしょうか」
生活習慣病薬が過剰処方されている現状と具体的な原因について、医師の解説とともに見ていく。
医師も見抜きにくい高血圧の原因
降圧剤特集では基準値をめぐる問題や薬の副作用によるトラブルについて詳報したが、薬の処方についてほかにも注意すべき点は多い。
なかでも医師たちが警鐘を鳴らすのが、「降圧剤では治せない高血圧」の存在だ。
東京・品川区にある秋津医院を訪れた50代男性のAさんは30代から降圧剤を飲み始め、3種類を服用していた。
「いくら降圧剤を飲んでも血圧が下がらない」
そんな悩みを抱えていたAさんはかかりつけ医とは違う秋津医院に相談した。同院の秋津壽男院長が語る。
「Aさんの血液を検査するとレニンという血圧を上げるホルモンの数値が異常に高く、お腹の音を聴診すると血管の雑音が聞こえました。そこで高血圧とは別の病気が潜んでいると疑いMRA検査をしたら、腎動脈狭窄が見つかりました。急いで紹介状を書き、他院にてバルーンで腎動脈を広げる治療を受けると、Aさんの血圧は下がっていきました」
腎動脈狭窄は腹部大動脈から分かれた腎動脈が動脈硬化で狭くなる病気で、血流量が減少して血圧の上昇を招く。なぜ、Aさんの血圧は3種類の降圧剤を飲んでも下がらなかったのか。
「高血圧の約8割は加齢や遺伝から生じる『本態性高血圧』ですが、残りの2割は特定の病気が原因で血圧が上がる『二次性高血圧』です。このタイプは降圧剤が効かないうえに、重病が隠れているケースがあるので注意が必要です」(秋津医師)
二次性高血圧で多いのが腎臓の病気だ。薬剤師の長澤育弘氏が解説する。
「腎臓はホルモンの分泌や体液量の調節などで血圧をコントロールします。慢性腎不全になると腎機能が低下して尿の量が低下し、体内の水分が増加して血圧が上がります。放置すると人工透析が必要となる恐れがありますが、血管を拡張して血圧を下げるタイプの降圧剤では効果が出ません。高血圧に加えて、下肢のむくみも重要なサインです」
二次性高血圧の怖いところは、真の原因である病気に気づかないことによって、新たな薬が処方されていく構図だ。
「問診だけではわからず、特殊な血液検査などが必要になるため、見逃されている患者さんが少なくありません。そうなると医師が『この薬だけでは効果が弱いから』と、別のタイプの降圧剤を追加で処方してしまう“負の連鎖”に陥ってしまう。気づくのは難しいですが、例えば大動脈炎症候群は右腕と左腕の血圧が違うので、私は初診時に両腕の血圧を測定して数値に差がないかチェックします」(秋津院長)
2週間飲み続けても効果が出なければ別の病気を疑うべき
前出・谷本医師は原発性アルドステロン症に注意を促す。
「副腎(血圧などを調整するホルモンを分泌する臓器)の異常により、アルドステロンというホルモンの過剰分泌で血圧が上がります。放置すると動脈硬化が進行し、脳梗塞や心筋梗塞、慢性腎臓病にもなりやすい」
ホルモン系の異常の原因の一つにクッシング症候群もある。
「顔が丸く腫れる“ムーンフェイス”の症状が特徴です。副腎や脳の下垂体に異常が生じ、ホルモンが大量に分泌されて高血圧になります。ステロイドの多用により引き起こされる薬剤性のケースもあります」(谷本医師)
二次性高血圧の原因のなかには命に直結する病もある。腎がんだ。
長澤氏が語る。
「罹患率は低いものの発見が遅れやすい。自覚症状は血尿や背中・腰の痛み、足のむくみですが、一般的に手の施しようのない段階で気づくことが目立ちます。また、心臓のポンプ機能が衰えて水分量の調節ができなくなることで血圧が上がり、心不全を起こすケースもあります」
夜間に良質な睡眠をとれず、かつ血圧が高い人は睡眠時無呼吸症候群を疑うことも必要だ。坂東ハートクリニック院長の坂東正章医師が言う。
「睡眠時に呼吸が止まることで心臓や血管に負担がかかり、血圧が上がる病気です。私が診た患者さんのなかにはCPAP(持続陽圧呼吸療法)を導入したことで良好な睡眠が取れて、血圧が下がったケースがあった」
ほかにも甲状腺ホルモンが過剰に分泌されるバセドウ病や、副腎からアドレナリンが異常に分泌される褐色細胞腫も血圧上昇を伴う病気なので気をつけたい。
二次性高血圧は名医でも見抜きにくいため、降圧剤が効かないと感じた場合は患者自身が注意すべきだ。
「降圧剤は遅くても5日〜1週間ほど飲み続ければ血圧が下がるので、2週間飲み続けても効果が出なければ別の病気を疑うべきです。数値が下がらないのに漫然と薬を飲み続けていると、知らない間に重病が進行する恐れがあります」(長澤氏)
自身の高血圧の“正体”を知ることで、薬を飲まない生活につながることもある。
ただし、自己判断で減薬・断薬を進めることは禁物だ。かかりつけ医に「お薬手帳」「薬の添付文書」「お薬相談通知書」を持っていって相談し、あくまで医師の指導のもとで行うべきである。Part.2では、その具体的な方法を紹介する。
※週刊ポスト2023年11月17・24日号