具体的にどうすれば降圧剤の「減薬」や「断薬」ができるのか。
専門的な知識を有した「断薬の名医」にかかりたいと望んでも、「遠方に住んでいて受診できない」「かかりつけ医を変えずに減薬したい」という声も多い。
そこで日本で唯一の「薬やめる科」を開設する松田医院和漢堂の松田史彦院長に、降圧剤を減らす「かかりつけ医との相談方法」を指南してもらった。
目次
監修・取材
和田秀樹(わだ・ひでき)/1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。和田秀樹こころと体のクリニック院長。和田秀樹カウンセリングルーム所長。著書に『80歳の壁』(幻冬舎刊)、『「さびしさ」の正体』(小社刊)などがある。
松田医院和漢堂 松田史彦院長
東都クリニック高血圧専門外来 桑島巖医師
銀座泰江内科クリニック院長 泰江慎太郎医師
日本糖尿病学会専門医(日暮里内科・糖尿病内科クリニック理事長)竹村俊輔医師
秋津医院(東京・品川区)院長 秋津壽男医師
薬剤師 長澤育弘氏
多摩ファミリークリニック院長 大橋博樹医師
滝野川胃腸内科クリニック院長 岡田正彦医師
自己判断で減薬・断薬を進めることは禁物。準備と相談
松田医師は減薬のための基本的な考え方についてこう述べる。
「いきなり薬をゼロにすることを目指す必要はなく、まずはできるところから始めましょう。降圧剤を減らすと血圧が10〜20上がることもありますが、あまり神経質にならず、その時の体調を見極めることが肝心です。血圧が上がって調子がよくなるケースもあるので数値に振り回されることなく、かかりつけ医に相談しながら減薬・断薬を進めることが大事です」
自己判断で減薬・断薬を進めることは禁物だ。かかりつけ医に相談する際はまず、「お薬手帳」「薬の添付文書」「お薬相談通知書」を準備する。
「いずれも薬の種類や副作用などを把握するために欠かせません。なかでも『お薬相談通知書』はぜひ確認したい。12種類以上の薬を処方されたり、危険な組み合わせの薬を処方されている患者に国民健保から定期的に送付される書類で、減薬や断薬の大切な判断材料になります」(同前)
手帳や書類を準備したら、かかりつけ医を受診して「薬を減らしたい」「薬をやめたい」と意思表示をする。その際に“先生が嫌な顔をするのでは”という遠慮は無用だ。
「言いにくい場合は家族に付き添ってもらってもOKです。減薬の意思だけでなく、処方と異なる飲み方をしているかなど家族が把握していることを伝えられるメリットもあります」(同前)
医師との問診時は、降圧剤の服用によると思われる身体の不調や違和感について具体的に説明することが求められる。
「副作用には個人差があるため、薬を飲み始めてからの“異変”に敏感になることが大事です。『この薬を飲み始めたらじんましんが出た』『倦怠感がある』など、副作用が疑われる症状を医師に具体的に伝えます。副作用は早ければ数日、遅いと数か月後に生じることもある。服用開始後に異変を感じたら薬の影響を疑いましょう」(同前)
かかりつけ医の同意を得たら、いよいよ本格的に減薬への取り組みに入っていく。松田院長が最初の一歩とするのは、「1種類減らす」ことだ。
「3種類以上の降圧剤が処方されていれば、まずは1種類減らしてみる。3種類から2種類にしてもほとんど数値や体調が変わらないうえに、疲れにくい、むくみが減るなどを実感するケースが多い」(松田医師)
どの薬を減らすかは、「効果」や「量」に基づいて決めることが原則だ。
「血圧を下げる効果の強弱を整理し、補助的に使っている薬や効果の弱い薬からやめていきます。また、国が定めた用量の上限近くまで出ている場合は一段階量を減らして様子を見るといいでしょう」(同前)
副作用を適切に診断してもらうために、定期的に血液検査を受けて体の状態を把握しておくことも求められる。
降圧剤 減薬・断薬の事例
名医と二人三脚で降圧剤を減らし、体調が改善した患者は少なくない。
東都クリニック高血圧専門外来の桑島巖医師はほかの医療機関でカルシウム拮抗薬やARBなど複数の降圧剤を処方されていた60代患者を診た。
「いくら薬を飲んでも血圧が下がらないと聞き、問診を重ねて家庭で血圧を測るよう指導すると、上は110〜120、下は80前後とむしろ低い血圧だった。外来で血圧が高くなる『白衣高血圧』と診断し、2〜3か月かけて徐々に減薬を進め、最終的に降圧剤の服用をすべてやめることができました」(桑島医師)
銀座泰江内科クリニック院長の泰江慎太郎医師が担当したのは上180、下100の高血圧で、4種類の降圧剤を処方されていた50代患者だ。
「まずカルシウム拮抗薬2種とARB1種を配合剤1種に変更し、利尿薬を断薬したうえで体内のナトリウムの排泄に役立つカリウムを多く含む野菜や果物を食べるよう指導しました。すると4か月後に血圧が130/80まで下がり、薬を配合剤からARBに変えると4か月後に120まで改善。最終的には薬をゼロにできました」(泰江医師)
もしかかりつけ医との折り合いがつかなければ、「セカンドオピニオン(かかりつけ医とは違う医師に第二の意見を求める)」という手段もある。
「セカンドオピニオン先は保健所の紹介のほか、ネットで薬に頼らない治療法の実績をアピールする病院を探すといいでしょう」(松田医師)
高血圧だけじゃない。糖尿病の薬の選定基準は、最近まで曖昧だった
多くの人が悩む「糖尿病」。厚労省「国民健康・栄養調査」(2016年)によると、「糖尿病が強く疑われる」有病者と、その「可能性を否定できない」予備群は合わせて約2000万人と推計されている。
健康診断で血糖値の高さを指摘されたことなどをきっかけに医療機関を受診し、数値を下げるために糖尿病の薬を服用し始める人は多い。
糖尿病薬は作用の違いにより種類が多く、「自分が飲む薬がどのタイプか」を知らないまま、医師に処方された薬を服用するケースは少なくない。
だが、患者にどのタイプの薬を処方するかの選定基準は、最近まで医師の間でさえ曖昧だったという。
日本糖尿病学会専門医の竹村俊輔医師(日暮里内科・糖尿病内科クリニック理事長)が言う。
「患者数の多い2型糖尿病の薬には明確な使用基準はなく、医師の裁量に委ねられていました。昨年9月、現場の医師が適正な薬選びができるよう、指針(2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム)が学会で作成され、発表されました」
学会が示した適切な糖尿病薬の選定は、3つのステップに分かれている。薬のタイプごとの作用の仕組みと、一般名、特徴などを合わせて図解した。現在服用中の人は、自身の薬の名前と照らし合わせていただきたい。
糖尿病の薬を選ぶステップ
ステップ1では、患者がBMI25以上、ウエスト85cm以上の「肥満」か、それ未満の「肥満でないか」で使用する薬が変わってくる。
「2型糖尿病の薬には、血糖値を下げる働きをするインスリンの分泌を促すものと、それとは別の仕組みで血糖値を改善するものがあります。肥満の場合はインスリンが分泌されていても十分に作用が発揮されない『インスリン抵抗性』の状態であることが推定されるため、後者の薬を中心に選びます」(竹村医師)
続くステップ2では、糖尿病薬の安全性に配慮する。副作用のなかでも、患者にとって特に避けるべきリスクを考慮して選ぶという。
「2型糖尿病の高齢者が特に注意すべきなのが、薬の服用による『低血糖』です。血糖降下作用は強く低血糖リスクも大きいSU薬やグリニド薬は、薬の成分が尿中に排泄される腎排泄型のため、腎機能が低下しやすい高齢者では薬の血中濃度が低下しにくく、低血糖リスクが高まる可能性が指摘されています」(同前)
糖尿病と腎機能障害や心不全を合併している場合も、それぞれ避けるべき薬のタイプがあるので注意したい。併発する疾患に基づいて選ばれる薬もある。竹村医師が言う。
「ステップ3にあるSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬には、臓器保護効果が認められているものがあり、糖尿病のほかに心血管疾患や慢性腎臓病がある場合はそれらを選択します」
効きすぎ注意。糖尿病治療薬の副作用
糖尿病薬の選び方を間違えると、様々な問題が生じることになる。長澤氏が言う。
「狙った効果が得られないと、薬の量や種類が増やされ、その分だけ副作用のリスクが高まります」
糖尿病薬で最も危険な副作用として医師らが挙げるのは、低血糖症状によるふらつき、昏倒だ。秋津医院の秋津壽男院長は、外出中に目の前で倒れた男性を助けた経験があるという。
「歌舞伎座で観劇中、近くの席にいた60代の男性が突然倒れました。すぐに駆け寄って隣の夫人に聞くと、糖尿病薬を飲んでいるという。そこで売店からスティックシュガーを持ってこさせ、5本ほど飲ませたら体調が回復しました。食前に薬を飲んだまま、食事を摂り損ねたようです」
多摩ファミリークリニック院長の大橋博樹医師は、定年後に運動習慣を身につけた60代後半の男性のケースについて語る。
「男性は現役時代に会社の診療所で処方されたビグアナイド薬とSU薬を飲み続けていたのですが、退職後に規則正しい生活習慣と運動を心がけたところ、低血糖を起こして来院。ジムのランニングマシンで運動中、フラフラして気分が悪くなったそうです」
すぐにブドウ糖を投与してことなきを得たが、男性が定年後に生活習慣を改善したことで薬が効き過ぎ、低血糖に見舞われたと考えられるという。
血糖降下作用の高さから選ばれることの多いGLP-1受容体作動薬を服用する人に多い副作用が、「吐き気」だ。竹村医師が診た40代女性のケースを語る。
「仕事が多忙という理由で服用回数が少ない薬を希望されたので、週1回で済む皮下注射キットを処方したところ、血糖降下作用の持続と引き変えに吐き気が止まらなくなってしまった。薬を替えて1日1回の服用としたら、吐き気などの消化器症状は治ったそうです」
また、糖を含んだ尿を排出して血糖値を下げるSGLT2阻害薬では、尿路感染症の腎盂腎炎を発症することがある。大橋医師が言う。
「DPP-4阻害薬とSGLT2阻害薬の合剤を服用していた80代女性の患者さんは、陰部に違和感を覚え、その後、腎盂腎炎を発症した。『ムズムズとした違和感』だけでは薬の副作用と気づきにくいうえ、放っておくと、最悪、全身に細菌が広がって多臓器不全を起こすこともあります」
前出の長澤氏は、「糖尿病薬に頼り過ぎる」リスクをこう話す。
「インスリン分泌を促す糖尿病薬を漫然と飲み続けると、薬への“耐性”がついてしまい効きにくくなることがあります。薬で血糖値が下げられないとなれば、食事や運動で生活習慣を改善するしかありません。減薬をする際は、医師と相談しながら慎重に進める必要があります」
糖尿病治療薬リスト
(分類/仕組み/主な一般名/主な副作用)
DPP‐4阻害薬/体内でインスリン分泌を促す物質の作用を強め、血糖値を下げる/シタグリプチン、ビルダグリプチンなど/低血糖、消化器症状、皮膚症状
・血糖降下作用:中
・低血糖リスク:低
・服薬継続率:高
・コスト:中
ビグアナイド薬/肝臓での糖の産生を抑えるなど複数の作用によって血糖値を改善/メトホルミン、ブホルミン/低血糖、乳酸アシドーシス
・血糖降下作用:高
・低血糖リスク:低
・服薬継続率:中
・コスト:低
SGLT2阻害薬/尿としての糖排泄を増やすことで結果として血液中の糖(血糖)を減らす/イプラグリフロジン、ダパグリフロジンなど/低血糖、腎盂腎炎などの感染症、脱水
・血糖降下作用:中
・低血糖リスク:低
・服薬継続率:中
・コスト:中〜高
SU薬/膵臓の細胞に作用し、膵臓からのインスリン分泌を促して血糖値を下げる/グリベンクラミド、グリメピリドなど/低血糖、肝機能障害、無顆粒球症
・血糖降下作用:高
・低血糖リスク:高
・服薬継続率:中
・コスト:低
α‐グルコシダーゼ阻害薬/腸での糖の吸収を遅らせて食後の急激な血糖値の上昇を抑える/ボグリボース、ミグリトールなど/低血糖、消化器症状、腸閉塞など
・血糖降下作用:食後高血糖改善
・低血糖リスク:低
・服薬継続率:低
・コスト:中
チアゾリジン薬/インスリンの効きを改善し、糖利用の改善や肝臓での糖放出を抑えるなどで血糖値を改善 /ピオグリタゾン/低血糖、肝機能障害、体重増加など
・血糖降下作用:中(肥満で効果大)
・低血糖リスク:低
・服薬継続率:中
・コスト:低
グリニド薬/服用後にすばやくインスリンを分泌させて食後の高血糖を改善/ナテグリニド、ミチグリニドカルシウムなど/低血糖、肝機能障害
・血糖降下作用:食後高血糖改善
・低血糖リスク:中
・服薬継続率:低
・コスト:中
GLP-1受容体作動薬/膵臓からのインスリン分泌を促し、分泌されたインスリンによって血糖値を下げる/セマグルチド/低血糖、消化器症状
・血糖降下作用:高
・低血糖リスク:低
・服薬継続率:中
・コスト:高
イメグリミン/インスリン分泌や筋肉での糖利用を促し、肝臓での糖新生を抑えることで血糖値を改善 /イメグリミン/低血糖、消化器症状、感染症
・血糖降下作用:中
・低血糖リスク:低
・服薬継続率:中
・コスト:中
※分類、血糖降下作用、低血糖リスク、服薬継続率、コストは日本糖尿病学会が2022年9月に発表した「2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム」をもとに、仕組み、主な一般名、主な副作用は「日経メディカル処方薬事典」「治療薬ハンドブック」をもとに本誌作成
コレステロールも。マニュアル処方箋の危険性
健康診断の血液検査では血圧、血糖値と並んで「コレステロール値」が問題視されることが多い。
日本動脈硬化学会の現在の基準では、悪玉コレステロール(LDL)値が140(mg/dL)以上の場合に脂質異常症(高コレステロール血症)と診断される。
高コレステロール血症になると動脈硬化が進み、心筋梗塞や狭心症などのリスクが高まるため、予防的に投薬が行なわれる。
だが、岡田正彦医師(滝野川胃腸内科クリニック院長)は、血圧同様にコレステロールも“基準値”による判断だけで処方されている弊害を指摘する。
「最近は動脈硬化学会のガイドラインにも『治療を開始する基準は180以上』と書かれ出しましたが、140を超えると無条件に処方されるケースがあります。日常的に脂質異常症の患者さんを診ていない医師ほど、その傾向が強い印象です」
前出・和田秀樹医師は、「むしろコレステロール値は高いほうがいい」と言う。
「高齢者を対象に15年間追跡調査した『小金井研究』の結果、男女ともにコレステロール値がやや高めの人が長生きすることがわかりました。ハワイの住民調査では、コレステロール値が高いほどがんに罹りにくく、低い人ほど罹りやすいことも判明している」
高齢者の診療を続ける岡田医師も、「75歳以上ではコレステロール値が高くなるケースは少なく、むしろ脂質の摂取不足から低栄養の問題が生じてくる」と指摘する。
副作用の中には「悪夢」というものも
脂質異常症薬のなかで最も販売量が多く、心筋梗塞や脳卒中などの予防効果が認められているとされるのが「スタチン系」と呼ばれるタイプの薬だ。
だが、前出・「薬やめる科」の松田史彦医師のもとを訪れる患者のなかには、スタチン系薬の副作用である「倦怠感」や「筋肉痛」「横紋筋融解症」に苦しむ人がいる。特殊なケースでは、「悪夢」に悩まされた患者もいた。
「スタチンを服用中の中年男性が、『毎日悪い夢を見て起きるんです』と訴えたので確かめると、添付文書の副作用の最後に『悪夢』と書いてある。男性の薬を中止したところ、数日で悪夢を見ることはなくなりました」
特に高齢者は加齢による筋力低下でも脱力感や倦怠感が生じるため、薬の副作用でそれらの症状が増強することがある。
減薬に取り組む松田医師は「コレステロール薬はやめやすい薬」と言う。
「やめてもリバウンドの症状はほとんどなく、運動や食生活の改善で自然にコレステロール値が下がる場合があります」
漫然と飲み続けていないか、見つめ直したい。
※週刊ポスト2023年11月17・24日号