アカデミー主演女優賞を受賞した『ローマの休日』(1953年)をはじめ、ハリウッド黄金時代を代表する女優の一人であるオードリー・ヘプバーンが亡くなってから今年で30年。映画だけでなくファッションでも世界が憧れるアイコンとして知られるヘプバーンは、どんな人物だったのか。親交が深かったコーディネーターの加藤タキさんに、その素顔について聞いた。
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初めてお会いしたのは1971年。日本企業のウィッグCMでコーディネーターとしてローマの自宅を訪ねた時でした。ツタの生えたレンガ造りのアパートメントで、大きな木の扉を「コンコン」とノックすると、エレガントなワインカラーのニットワンピースを着たオードリーが両手を広げて「ウェルカム! あなたがタキね」と迎えてくれました。
日本から訪れたスタッフは15人ほどだったのですが、それぞれが自己紹介をすると次の瞬間から「Yes, Mr. Yamazaki」「Yes, Mr. Takahashi」と一瞬で名前を覚えていたことに驚きましたね。衣装は本人私物でお願いしていたのですが、何パターンもコーディネートを作って準備してくれていたことにもびっくり。後にも先にも、こんな女優さんはいなかったです。
大女優だけど私たちと変わらない感覚を持っている人。そして相手がどうしたら喜ぶか、心くばりができる真心あふれる人でした。
1982年、10年ぶり2回目のCM撮影で再会したのをきっかけに、彼女との親交が深まりました。ローマのレストランで食事をしたり、オードリーの自宅でほうれん草のパスタやエビのサラダをご馳走になったり、彼女の恋人のロバート・ウォルターズと3人で語り明かしたり……。
東京音楽祭のために来日していた俳優のグレゴリー・ペックと彼女の来日のタイミングが偶然重なったので、2人を電話でつないだこともありましたね。電話の第一声は決まって「Hello, Taki! This is Audrey」でした。ちょっと低くて、抑揚のある言い方。彼女の声はいまでも耳に残っています。
オードリーとの思い出が鮮明なのは、彼女がどんな人にも愛情を注いでいたから。私にそうしてくれたように、世界中の人に感動をもたらしたからこそ、愛され続けているのでしょう。
取材・文/辻本幸路
※週刊ポスト2023年11月17・24日号