善良なおじさんから凶悪な男まで、役柄を自在に行き来し、バラエティーでは“天然”の顔を覗かせる、俳優・小日向文世(69才)。その素顔はいったい……怖いのか、愉快なのか、大胆なのか、繊細なのか。当代一のバイプレーヤーにオファーが途切れない理由、私たち視聴者を引きつける理由はいずこに……。いまもっとも忙しい俳優に、人生と仕事について聞いた。【前後編の後編。前編を読む】
いまでもせりふが飛ぶ恐怖に襲われる
映像と並行し、今年は3作品に出演するなど、舞台も精力的に取り組んでいる。双方の魅力と怖さとは?
「映像は、間違えてもやり直しがきく点がいいですよね。その代わり、朝から深夜までかかる。『VIVANT』(TBS系)の福澤克雄監督と映画『祈りの幕が下りる時』(2018年公開)でご一緒したとき、監督は何度も同じシーンを頭から終わりまで撮り直すんです。どこが使われるかわからないから、どの瞬間も手を抜けない。これは大変な点ですね。
一方、舞台は2時間なら2時間できっちり終わるし、規則正しい生活で健康的になるのはいいこと。一方で、せりふが飛ぼうが恥をかこうが、最後までやり遂げなければいけない恐ろしさがあります」
百戦錬磨の舞台なのに、いまだせりふが飛ぶ恐怖に襲われるそうだ。
「もう、そういう性分なんでしょうね。舞台のある日は朝から緊張しちゃいます。特に今春の舞台『アンナ・カレーニナ』は4時間近くあり、2回公演の日は休憩が1時間しかなくて、精神的にきつかった。ぼくは食欲がなくなってしまったけれど、(共演の)宮沢りえさん(50才)はモリモリ。おまけに『楽しいー』とか言ってました。ぼくには絶対無理! かなわないよね(笑い)」
恐怖に打ち克つため、勝手に口をつくくらいまで、数か月かけてせりふを体にしみこませていくという。
「それでも、『今日は○○さんが来ている』と言われると、『あの人の前で恥かきたくない』なんて余計なことを考えちゃう。結局、プレッシャーをかけているのは自分自身。舞台は自分との闘いなんですよね。
2021年冬から6本舞台が続いたので、さすがにしばらく休むつもりですが、オファーされた役が面白かったりすると、またやりたくなっちゃうんですかねえ(苦笑)」