【書評】『見ること』/ジョゼ・サラマーゴ・著 雨沢泰・訳/河出書房新社/3520円
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)
民主主義国家で国民がみずからの意志を国に伝えるにはどうしたらいいか。デモ、ストライキ、請願書を送るなどの方法はもちろんあるが、選挙での投票というのは国民主権の基本だ。『見ること』はポルトガル作家が選挙を題材に書いた作品である。
作者が一九九五年に発表し世に衝撃をあたえた感染症文学『白の闇』の、続編と言えるだろう。二〇〇四年刊の原作が満を持して邦訳された形だ。
『白の闇』は人びとの視力を奪う感染症を描くことで、「文明の失明」ということを書いていた。同作では罹患者に対して強硬な隔離措置をとる抑圧的な当局の実態ははっきり書かれていなかったが、かつてのポルトガルの長期ファシズム独裁政権「エスタド・ノヴォ」を風刺していると思われる。
感染症が収束した四年後を舞台とする『見ること』では、人びとを弾圧し迫害する政権の実態も内側から描きだされる。
冒頭は、選挙の投票所の場面だ。強雨のなか、だれも投票に来ない。雨が上がると、やっと投票者が集まってくるが、開票してみれば、なんと七十%以上が白票。政府への不信任表明である。再選挙をすると、八十三%が白票に。
危機を察した政府は白票を投じた人びとを「白者」として反乱分子扱いし、非常事態宣言を出す。これが思ったような効果を上げないと、無責任な日和見主義者たちばかりの政府は市民を打ち捨てて拠点を移し、残された街を包囲して攻撃しはじめる。「服従しない者は撃て」と。
これによって新聞は政府批判をできなくなる。しかし市民たちはしぶとく踏ん張り、欺瞞や殺しの道具になることを拒むのだ。市議会の指導者が去り、警察の中にも政府のプロパガンダのために市民らを巻き込む計画を拒絶する者があらわれる。
ウィットに満ち、市井の人びとの生の活力と信念を描いた力強い物語だ。国政選挙、地方選挙ともに投票率の上がらない日本でぜひ読まれてほしい。
※週刊ポスト2023年11月17・24日号