暦の上では冬の始まりとされる「立冬」を過ぎ、肌寒い日が続いている。暖かい部屋で読みたいおすすめの新刊を紹介する。
『幽玄F』/佐藤究/河出書房新社/1870円
本書は『豊饒の海』を脱稿したその日、陸自の市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した三島由紀夫をモチーフにする。主人公の名は易永透(『豊饒の海』では安永透)。護国、愛国、義や忠。そんな主題が浮かぶが、陰の主役が最新鋭戦闘機F35-Bであるのに冷たい興奮を覚える(来年度宮崎県の新田原基地に初めて配備)。G(重力)と音速の世界に“投身”した透の永遠の憧憬と律動に言葉をなくす。
『星に願いを』/鈴木るりか/小学館/1760円
高校受験を控えた花実、ひったくりに遭ったのを機にきつい仕事をやめた母の真千子。そこに祖母の訃報と遺したノートがもたらされる。前半は淡い恋も交じる花実の思春期デイズ、後半は祖母の心情告白ノート。こんな褒め方も何ですが、貧困が親子や人間関係をも蝕んだ昭和の哀しい光景を、2003年生まれの著者がよくこんな風に描けるものだと。毎回泣かされ困ってしまう。
『気はやさしくて力持ち 子育てをめぐる往復書簡』内田樹×三砂ちづる/晶文社/1980円
内田氏は娘さんが7歳の時に母親業にいそしむシングルファザーとなり、三砂氏は子息が10歳と8歳の時ブラジル人の夫と離婚し3人で帰国した(のち再婚)。具体的なハウツーになるかと思いきや、子供の魂を「あなたのため」という大人の世間知でいかに傷つけないかという関係の根源論に降りていくのが滋味深い。母性、野生、親子間の赦しなど大人の成熟を考える親論でも。
『旅のつばくろ』/沢木耕太郎/新潮文庫/605円
著者の旅の事始めは16歳の時の東北一周旅行。大人になって異国への旅を繰り返し、経験も年齢も実りの時を迎えた今、あらためて国内を旅する。父に贈られた文学全集の中の太宰治の巻、ライター駆け出し時代に出会った人々、新聞小説『春に散る』に取り込んだ桜並木。土地で人を想い、人であの頃を思い出す。知らない土地と仲良くなる居酒屋探訪にも旅情をかきたてられる。
文/温水ゆかり
※女性セブン2023年11月30日・12月7日号