凜とカメラを見つめる3人は、新作映画『道 パッサカリア』で妖精役を演じるバレエダンサーだ。両端の2人はウクライナでリヴィウ国立バレエ団に所属していたダンサーである。
映画を監督したのは、作家で美術家の伴田良輔氏。彼女たちにカメラを向けた理由を伴田氏は映画のテーマと通ずるからだと話す。
「この映画は、人間の営為によって故郷を失う哀しみをテーマとした作品です。ドキュメンタリーとはまた違うかたちで、原風景を奪われる喪失感を描きました。原風景への想いは地球のどの場所に生まれても共通していると感じています」
伴田氏は京都府の山に囲まれた村で生まれ育った。子供の頃、ダムの写真を見て「もしこの村が水の底に沈んでしまったら」と想像して眠れなくなったことがあるという。
映画の舞台はダム建設で水底に沈んだ村。かつて村中を走っていたボンネットバスが湖の底でガタガタと動き始め、浮上して橋上を走り出す。全編にわたり息をのむほど美しく幻想的な映像が次々に現われる。「言葉ではなく、風景そのものから喪失感を描きたかった」と伴田氏。一方で妖精役の3人も故郷を奪われた。
本誌『週刊ポスト』の撮影に参加したのは、ネリア・イワノワさん(23)とスヴェトラーナ・シュリヒターさん(23)。ロシアによるウクライナへの侵攻が始まって3か月後の2022年5月に、ポーランドを経由して日本に避難してきた。
「戦争が始まり、常に空襲警報が鳴っている状態で、公演もできなくなりました。バレエ団の他のメンバーは海外へ散り散りに避難しています。バレエに集中したいという思いで、私は父母と妹をウクライナに残して、日本に来ました」(ネリアさん)
2人はともに19歳の時にバレエ団に入団した親友で、日本への避難も2人で決めたという。
「キーウの田舎の方に実家があり、家族は無事ですが、知り合いがたくさん亡くなりました。私たちが日本で踊ることで平和を呼びかけられればと思っています」(スヴェトラーナさん)