【書評】『幸せの料理帖 食べた人が笑顔になる それが最高の喜び』/加山雄三・著/KADOKAWA/1870円
【評者】香山リカ(精神科医)
「大人物」という言い方はこの人のためにあるのか。この眺めるだけで心が満たされ、文章を読んで「へえ」と驚かされ、さらには実際にも役立つ料理本を読み終え、つくづくそう思った。
誰もがその名を知る若大将こと加山雄三さんも、いろいろな苦労をしたことが知られている。莫大な借金、事故での大けが、そして愛船「光進丸」の火災。近年では脳梗塞でリハビリ生活も送ったという。
ところが、この料理本にはそんな苦労の痕跡はこれっぽっちも描かれてない。自宅や愛船にお客さんを招き、フルコースのメニューをすべて手づくりで振る舞い、さらには歌や演奏まで披露するというのである。そんな夢のような時間を味わった人たちは当然、大喜びするわけで、そうやって誰かが喜んでくれることが「最高の幸せ」だというのだ。
自分でノートにまとめたレシピから紹介されているのは和洋中華、純白のきのこスープやフォアグラのせステーキといったプロ並みの一品もあれば、航海中にも気軽に作れる缶詰めを使ったコンビーフライスなどもある。
海が好きで自分の船で航海し、妻と4人の子どもを愛し、友だちや親族のためには手間暇を惜しまず、ときにはぜいたくな素材も惜しまず使って料理の腕を振るう。音楽、スキー、絵画などすべてを徹底的に追求する。なんというか、日本がいちばん上向きで豊かだった時代の理想の生き方と人物がそのまま形になったような人、それが加山雄三なのだ。
もちろん、多くの人は「オレにはこんな生き方はできない」と思うだろう。でも、「とにかくおいしいから、作ってみた!」という若大将の励ましを受けて、これまで料理をやったことがなかった人も、簡単にできそうなトマトライスあたりにチャレンジしてみてはどうだろう。若大将の「やったな!」という声が聴こえてくるはず。料理本だけど生きるヒントもいっぱい詰まっている。男性こそご一読を。
※週刊ポスト2023年12月1日号