“キュイーン”という電子音のような音とともに、脱兎の如く走り出すフォーミュラカー。ありあまるパワーでタイヤがスピンし始めると、白煙が立ち上り、ゴムの焼ける臭いが漂う。しかし、通常なら聞こえるはずの耳をつんざくようなエンジン音やエキゾーストノートはまったくしない。ほとんど音を出さずに、フォーミュラカーが荒々しい加速を繰り返す様は、これまで見たことのない光景だった──。
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ボディサイドに桜の花があしらわれた、美しいフォルムのフォーミュラカー。「ジャパンモビリティショー2023」で展示された日産のフォーミュラカーは各社がEVコンセプトモデルや、次世代モビリティを展示するなかで一際、注目を集めていた。
そして冒頭のワンシーンはジャパンモビリティショーの屋外会場で開催された東京都主催のイベント「E-Tokyo Park」(10月28日)での光景だ。当日はフォーミュラEのデモ走行会が実施され、多くの来場客がその走行に息を呑んでいた。
フォーミュラEとは、2014年から始まった電気自動車(EV)のフォーミュラカーレースの世界選手権で、音がほとんどしなかったのは、EVだからだ。
このフォーミュラEの10シーズン目となる2023/2024年シーズンの第6戦が、2024年3月30日に東京で開催される。今回のデモ走行会は、そのPRのためのイベントだ。
しかし、「東京のどこにサーキットがあるのか」と疑問をもつ人もいるだろう。フォーミュラEは、一部で例外はあるものの、市街地の特設コースで実施するのが原則のレースで、これまでニューヨークやロンドン、パリ、ベルリン、上海、香港、ソウルなど世界の主要都市で開催されてきた。排気ガスも爆音も出さないEVのフォーミュラカーだからこそ市街地での開催が可能で、逆に、都市に住む一般の人々にEVの利点をアピールするために市街地で開催しているとも言える。
東京大会のコースは、東京ビッグサイトを囲む湾岸エリアに設定され、1周2.582kmのコースには一部、公道が含まれている。このコースを22台のフォーミュラカーが疾走する。東京都内の公道で自動車レースが実施されるのは、史上初めてだ。
東京都がフォーミュラEを誘致した理由について、E-Tokyo Parkに登壇した潮田勉副知事はこう述べた。
「東京都では、モビリティ分野での脱炭素化に向け、現在、都内で新車販売される乗用車を2030年までに100%、非ガソリン化することを目標に様々な取り組みをしてるところで、サステナブルな社会を目指すフォーミュラEと目的を共有しました。来年3月の東京大会の開催に向けて準備をしています」
開催の意思決定の背景には、「ゼロエミッションビークルの普及」を掲げる小池百合子都知事のイニシアティブがあったとされる。
日本勢で唯一「フォーミュラE」に参加する意義
このフォーミュラEに日本から唯一参戦しているのが、日産だ。フォーミュラEが開幕した2014年から参戦しているレーシングチーム「e.dams」とパートナーシップを結び「日産e.dams」として2018年から参戦を開始。そして昨シーズンは「e.dams」を買い取り、フォーミュラEへの取り組みを更に強化した。日産はポルシェやマクラーレン、マセラティ、ジャガーなどのチームと競い、マクラーレンチームにもマシン・パワートレインを提供している。昨シーズンの戦績は、日産チームとしてはポールポジション1回、表彰台1回、マクラーレンチームと併せるとポールポジション3回、表彰台2回と健闘している。
チームを統括する日産モータースポーツ&カスタマイズ株式会社(NISMO)代表取締役兼日産自動車(株)モータースポーツビジネスユニットヘッドの片桐隆夫氏は、日産がフォーミュラEに参戦する意義についてこう語る。
「日産は2010年に世界初の量産EVであるリーフを発売して以来、車両の電動化を推進してきました。今年のジャパンモビリティショーを見てもわかる通り、現在では各社共に車両の電動化開発に邁進しており、そのなかで日産としてもさらに技術を鍛えていく必要があります。
フォーミュラEは弊社が蓄積してきた技術をアピールする場であると同時に、そこから技術を学ぶ、鍛える場になると考え、レースで得たノウハウを商品開発に活かせることから参戦を決めました。実際にレース車両の開発においては、日産のEV開発技術陣が加わって、制御技術やエネルギーマネジメント技術を提供するだけではなく、レースの過酷な環境から様々なことを学んでいます」
日産は「Nissan Ambition 2023」の一環で、2030年までに電気自動車(EV)19車種を含む27車種の新型電動車を投入するという。これは都が掲げる「ゼロエミッションビークルの普及」に関する政策とも軌を一にする。同社はフォーミュラEに挑戦し続けることで、EV開発に関わる技術を磨き、「カーボンニュートラル社会実現」に向けたサステナビリティ戦略を描く。
バッテリーの電力をいかに効率的に使うか
一方、市販車の技術がレースで活かされる場面もあるという。フォーミュラEは、他のフォーミュラカーレースと比べると、さまざまな違いがある。
「車体とバッテリー、タイヤは各チームとも共通で、モーターとインバータ、ギヤボックスなどが独自に開発する領域となります。イコール・コンディション(同条件)に近いので、ドライバーのテクニックと車両を制御するソフトウェア、チーム戦略が勝敗の鍵を握ります。特にバッテリーに貯めた電力をいかに使い切るかというエネルギーマネジメントが重要で、ゴールしたときには残量がゼロコンマ何%になっているということも、実際にあります」(片桐氏)
バッテリーの電力をいかに効率的に使うか──F1と違い、各チームの車両に差がそれほどなく、狭い公道の道路幅で競われるので必然的にレースは激しくなる。
「すべてのチームに表彰台に上がるチャンスがある一方で、一つのミスが致命傷になりうる」(片桐氏)という。
東京開催ともなれば、日本代表である日産チームには嫌でも注目が集まり、やはり“アレ”の期待も高まる。
「今シーズンは前半戦で苦労しましたが、後半戦で巻き返し、表彰台にも上がれました。調子は上がってきています。東京大会で期待されているのはひしひしと感じていて、プレッシャーはありますが、とにかくベストを尽くすことをお約束します」(片桐氏)
日産チームの活躍に期待したい。