日本を代表する俳優陣に「出てよ」の一言で出演を快諾させるのは、世の中にはびこる差別や理不尽、政治への怒りを原動力にメガホンを取り続ける91才の山田火砂子監督。彼女のどんなところが、名優たちを惹きつけるのか。【全3回の第1回】
「かあさん、偉い人が私の仕事を認めてくれて表彰されるんだよ! こんな立派な指輪を記念にもらったんだ」
「たかちゃん一等賞だ!」
「かあさん、いつもお祭りで買ったおもちゃの指輪してるでしょ? だからこれ、かあさんにあげるよ」
「でも、たかちゃんの一等賞だよ?」
「かあさんにしてもらいたいんだよ」
知的障害を持った母・清子に、障害者施設の園長として功績を表彰された娘が記念にもらった指輪をプレゼントする……これは2024年2月に公開予定の映画『わたしのかあさん』のワンシーン。母を演じるのは寺島しのぶ(50才)、そして娘役は常盤貴子(51才)だ。
カメラテストを経て寺島が「指輪をもらったときの“ほんものだ! ほんものだ!”っていうせりふは、なくてもいいですか? 清子にとっては金魚の指輪もこっちの指輪もどちらも本物だと思ってると思うんです」と口を開くと、常盤も「監督!“お祭りで買ったおもちゃの指輪”は“お祭りで買った金魚の指輪”の方がいいですか?」と真剣な表情で問いかける。
女優2人のアイディアに「どうぞ〜!」「どっちでもいいわよ。清子にとってはどの指輪かなんて関係ないから」と車椅子に座った白髪の女性は満足げにうなずく。
この作品で初めて掛け合いを経験したという寺島と常盤のほかにも同作の出演クレジットには船越英一郎(63才)、安達祐実(42才)、高島礼子(59才)、渡辺いっけい(61才)、東ちづる(63才)、山田邦子(63才)、宅麻伸(67才)、春風亭昇太(63才)らが名を連ねる。
驚くべきは映画やテレビに引っ張りだこの面々が出演しているにもかかわらず、これが大規模な宣伝プロジェクトのもと全国ロードショーが敢行されるいわゆる“大作”とは真逆の、小さなプロダクションが製作・配給するインディーズ映画であること。
それでも名優たちが忙しいスケジュールの合間を縫ってこぞって出演する理由は監督の山田火砂子さん(91才)にある。彼らが全幅の信頼を置く山田さんの姿を追うと、人生の矜持が見えてきた。