相手の玉頭への「銀」打ち──。藤井聡太・八冠(21)の一手に、同い年の挑戦者・伊藤匠七段はガクッとうなだれた。少しの時間を置いて駒台の上の駒を揃え、同玉と応じると、そこからは互いにほぼ時間を使わない指し手が続き、129手目で伊藤七段が投了。藤井八冠が4連勝で棋界最高位・竜王のタイトルを防衛した瞬間だった。
11月10、11日に行なわれた竜王戦第4局の舞台となったのは北海道・小樽の「銀鱗荘」。暖かい陽気だった対局初日は伊藤七段がペースを握ったかに見えたが、夜中に降った雪がうっすらと積もった2日目に、藤井八冠が流れを引き戻した。会場の銀鱗荘が雪化粧で前日と全く違う表情を見せたこの日が、藤井八冠の今年のタイトル戦を締めくくる1日となった。
2023年は保持していた6つのタイトルをすべて防衛しながら、名人と王座を奪取して8大タイトルを制覇。まさに記録的な1年と言うほかない。
八冠達成後、初の防衛を決めたこの日は、解説のプロ棋士の思考さえ追いつかない「37手詰」を読み切った。最後は駒を余らせないという芸術的な詰み筋。読みの深さはやはり圧巻だった。
対局後の会見で、大山康晴十五世名人のタイトル戦19連勝の記録に並んだことを問われた藤井八冠は「光栄に思います」としながらも、「今後もあんまりそういった記録は意識せずに、また次のタイトル戦にも臨めればと思っています」と話した。
北の大地で伝説として残る1年を終えてなお、一切の気負いのない言葉を残し、さらなる高みへと一歩を踏み出した。
※週刊ポスト2023年12月15日号