【書評】『二人の美術記者 井上靖と司馬遼太郎』/ホンダ・アキノ・著/平凡社/2640円
【評者】嵐山光三郎(作家)
井上靖と司馬遼太郎は、ともに大阪の新聞社で美術記者をしていた。展覧会の紹介や芸術家のインタビュー記事を書いていた。大阪毎日新聞の井上記者は学芸部記者時代に書いた小説『闘牛』で芥川賞を受賞し、四十四歳で独立した。井上氏より十六歳若い司馬遼太郎は『梟の城』が直木賞を受賞し、三十八歳で産経新聞社を退社して作家となった。
この年井上氏と司馬氏は大阪の酒場で出会い、邂逅した。ともに美術記者を十三年ほどやっていた。晩年に「新聞記者と作家」という対談で井上氏は「美術・宗教を受け持つのが、将来ものを書くには一番いい」と語り、司馬氏は「暇ですしねえ」と応じている。司馬氏は井上氏に「誰も持たない美についての微妙な作用ができる天分」を感じた。
十八歳のころ受験に失敗して、「馬賊になる」と発言した司馬氏は、『新選組血風録』『燃えよ剣』『竜馬がゆく』などの独自な歴史小説を書き、司馬史観とでもいうべき人物の解釈が展開された。
筆者のホンダ・アキノは大阪生まれ。京大大学院で美術史を専攻し、新聞記者をへて出版社に就職した編集者。井上靖の「一期一会の想像力」を微に入り細にわたり書いていく。井上は、小説を書き出したとき「美術だけは捨てることができなかった」という。小説のほか膨大な美術エッセイ、美術評論を書いた。
「子供のころ絵描きになりたかった」という司馬は「それもウチワに絵を描く程度の」と語っている。司馬こと福田定一記者が書いた当時の画壇へのシンラツな院展評が出てくる。
司馬は『街道をゆく』シリーズの取材のとき、風景を自分でスケッチした。絵を描きながら考える人であった。
井上靖と司馬遼太郎という小説家が、美術に対して抱いていた尋常でない熱意が、この本の文脈に流れている。読んでいるうちに、ズッキンズッキンと血が騒ぐ。大物新人の登場で、東京の酒場でもいま話題になっている一冊。
※週刊ポスト2023年12月15日号