低迷し続ける支持率に「政治とカネ」問題も浮上した岸田政権にとって、唯一の好材料ともいえるのが日韓関係の改善だった。その立役者となった尹錫悦大統領に、重大疑惑が発覚。韓国内で訴訟に発展しているという。ジャーナリストの赤石晋一郎氏がレポートする。
「口封じのため」
被告人・尹錫悦──。11月9日、ソウル中央地方裁判所で現職大統領が被告となる注目すべき裁判が行なわれた。
「私は大統領に対して損害賠償を求める裁判を起こしました。理由は事実を明らかにするため。彼が過去に捏造捜査を行なったことで、私たちも甚大な被害を受けました」
こう告発するのは、原告となった邊熙宰氏である。邊氏はインターネット新聞『メディアウオッチ』の創業者で、韓国内ではジャーナリスト・保守系言論人として知られる人物だ。その邊氏が、なぜ同じ保守系の現職大統領を批判するのか。その背景には「崔順実ゲート」と呼ばれた事件を巡る因縁があった。
2016年、韓国政界を揺るがす一大スクープが報じられた。韓国テレビ局JTBCの「崔順実氏のパソコンを入手」というスクープがそれで、朴槿恵大統領(当時)の友人として知られた崔順実氏(現在は改名しチェ・ソウォン)のパソコンに数々の国家機密が漏洩していたことをスッパ抜いたものだった。
オフィスビルから偶然発見されたとされるタブレットには200件あまりの大統領府資料や大統領演説文などが含まれており、機密情報の漏洩とともに崔順実氏が大統領への政治指南を行なっていたという疑惑が浮上。同問題は、朴槿恵大統領の弾劾、逮捕に至る一大疑獄事件に発展した。
JTBCから情報提供を受け崔順実ゲートの捜査指揮を執ったのが、特別検察捜査第4チームの尹錫悦検事──現在の韓国大統領その人だった。
そのJTBC報道に疑問を投げかけたのが邊氏だった。事実関係を検証したうえで、同年12月に〈タブレットはキム・ハンスのもの 弾劾を直ちに止めろ〉という批判記事を『メディアウオッチ』上で発表したのだ。邊氏が語る。
「JTBCによって崔順実氏のものと報道されていたタブレットは、実は元青瓦台職員で、当時ニューメディア室上級行政官を務めていたキム・ハンス氏が所有しているものであることが調査によってわかった。青瓦台職員のタブレットであれば機密情報が入っているのは当然のこと。当初JTBCはタブレットではなくパソコンと報じていたことも違和感を覚えた。そこでいくつかのファクトを提示して、当初の報道は誤報ではないかと指摘したのです」