どんな病気も早期発見が重要なのは大原則だが、だからといって「A判定」「異常なし」なら安心……と喜んではいけない。時に健康診断は“嘘”をつくこともある。我々が最善の選択をするために知っておくべき最新常識とは。
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監修・取材
養老孟司(ようろう・たけし)/1937年、神奈川県生まれ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。450万部を記録した『バカの壁』は2003年のベストセラー第1位で、戦後歴代5位。ほかに『唯脳論』『手入れという思想』など著者多数
東京大学医学部附属病院特任教授 中川恵一医師
ボクシング元WBA世界ミドル級チャンピオン 竹原慎二氏
坂東ハートクリニック院長 坂東正章医師
医療ガバナンス研究所理事長 上昌広医師
二本松眼科病院 平松類医師
医学部の先生は健診を受けない?
健康診断の結果に一喜一憂してはならないと説くのが、解剖学者の養老孟司氏だ。
「健康診断嫌い」を公言する養老氏は、86歳になった今も健診を受けていないと語る。
「私の基本的な考えは、“健診は受けたい人が受ければいい”ということです。しかし日本では“健診を受けないと悪”とされて、半強制的に受診を求められる。こうした風潮には文句を言いたくなりますね」
一口に健康診断と言っても市区町村の健康診断やがん検診、任意健診の人間ドックなど様々あるが、検査で異常が見つからなかったのに、ある日突然倒れたり、予想外の病気が見つかったりすることがある。それゆえ養老氏は、健康診断の結果のみにこだわるべきではないと言う。
「そもそも欧米には、健康診断を受けた人と受けなかった人の死亡率に違いがないとの研究結果があり、健診の効果は科学的に証明されていません。諸外国が統計的に有効性を証明できない健診を日本だけがやり続けるのは、おかしな話です。実際に私が教授だった30年ほど前は10学部ある東大で、定期健診を受ける先生の割合が最も低かったのは医学部の4割でした。彼らは『ちゃんと健康診断を受けなさい』と口酸っぱく言う立場でありながら、実は無駄であることを知っている。だからこそ、半数以上が健診を受けていないのです」
「データ」ではわからない健診の罠
また多くの健康診断は統計的データに基づく「数値」で健康か否かを診断するが、数値はあくまで判断材料の1つにすぎないと指摘する。
「血圧や血液検査の数値などにより、身体の状態が情報化されるのはごく一部です。それなのに医療現場では検査の結果だけが『事実』になり、数値を改善することだけが医者の仕事になっている。最近の医者は診察室でパソコンの画面を見るだけで、患者の顔を見ようともしないでしょう。まさに数値だけが事実で、患者がいなくなっているのです」
判断材料の1つでしかない健康診断を過信するのは危険なことであると養老氏は強調する。
「私は統計データをすべて否定するわけではありません。でも統計だけが健康のために重要という考えは間違いだし、数値や画像診断の結果が良かったからと安心していると、思わぬ病魔に襲われるケースもある。健診の結果に一喜一憂する人は、そうした“健診の罠”にハマっているんです」
養老孟司氏が警告。健康は「自己責任」
健康診断を過度に信じることで大事な感覚が失われているという。
「何より大切なのは、自分の“身体の声を聞く”ことです。でも今は医学上の数値データに頼るあまり、自分の身体の具合がわからなくなりました。例えば会社員の場合、身体の調子が悪ければ会社を休めばいいのに、日本ではワガママ扱いされるから休めない。過労死が生まれるのはそうしたメカニズムからです」
一方で、患者が身体の不調を訴えても医師との対話がうまくいかないケースもある。養老氏は、病院で医者と患者の「ケンカ」を見かけたという。
「医者が『検査の結果、あなたに異常は見つかりませんでした』と言うと、患者が『でも先生、私は具合が悪いんです』と言い返すんです(笑)。医者が“身体軽視”をする典型的なシーンでした」
かく言う養老氏は3年ほど前に、「自分の身体の声」を聞いたことで生命の危機を免れた。
「急に体重が減って元気が出なくなり、眠気ばかり増しました。“これはどこか具合が悪いな”と直感的に思い、教え子でもある東大病院の中川恵一君に診察してもらうと、心筋梗塞と診断されました。胸の激痛のような特徴的な症状がなかったので驚きましたが、あと少しで冠動脈の太いところが詰まりそうで、そのまま集中治療室に入りステントを入れて九死に一生を得ました。私が大嫌いな病院に行けたのは、自分の身体の声を聞くことができたからでした」
内なる声に耳を傾けると同時に、信頼する中川医師が迅速な診断をしたことも養老氏を救った。養老氏は医者選びにおいて、「能力」よりも「相性」を重視するという。
「学校の先生でも夫婦でも相性がよくないとうまくいきません。今は“名医を選ぶべき”との意見が多いけど、私は相性で選ぶべきだと思います。最初に考慮すべきは医者との人間関係で、相性のいい医者に健康診断を勧められて納得できるなら、健診を積極的に受けてもいいんじゃないですか」
そう主張する養老氏は、前述の通り定期的な健康診断は受けず、タバコも吸い続けている。
「自治体からがん検診の便りが来るけど、この歳でがん検診を受けても意味がない。今更がんができたって、もういいやとスルーしています。私より若い世代が気にするのは当然かもしれませんが、私の年齢になったら医療にかかる必要はない。心筋梗塞の予後を見る検査は仕方なく受けていますが数値は気にしないし、病院が嫌いだから、『今日は具合が悪いから病院に行きたくない』と言いたいくらいです(笑)」
不摂生を自認する養老氏だが、中川医師からは「100歳まで生きる」と太鼓判を押されたという。最後に健康管理は「自己責任」だと強調する。
「最初から健康診断を受けたほうが安心できる人は受ければいい。ただし医師が言うから受けるのではなく、自分の健康には自分で責任を持つことが大切です。私は健康を損ねて趣味の虫取りに行けなくなったら生きている張り合いがないので、自分の身体の声をきちんと聞き、具合が悪ければ信頼できる医師にすべて委ねようと思っています」
大切なのは自らの健康について自分で納得できる判断をすることだ。
健診を受け続けていたが、いきなりステージ4宣告
健康診断を熱心に受けるよりも“相性のいい医者”を見つけることが重要だと言う養老孟司氏。では、相性のいい医者とはどんな医者か。
「失礼な話ですよね。だって名医ではなく、相性のいい医者だと言っているんでしょ?(笑)いかにも養老先生らしい言い方ですよ」
そう語るのは、養老氏が信頼する主治医の中川恵一医師。東京大学医学部附属病院特任教授で、がん放射線治療のエキスパートとして知られる。
養老氏の「健康診断」に対する否定的な見解についてはこう語る。
「養老先生の言うように、健康診断はただ受けるのではなく、エビデンスがある検査を厳選するべきでしょう。例えばがんなら、前立腺がんの過剰診断などは避けなければいけません。必要な検査を適切に受ける基本姿勢が大切です」
かかりつけ医に求められるものは「親しみやすさより技量」と強調する。
「私は養老先生の教え子で一緒に本を書きますし、食事もします。ただ私はそうした付き合い以上に医師としての技量と知識が重要だと思います。的確な医療の実践には患者さんの価値観などを踏まえた柔軟な判断が必要ですが、それには十分な見識と最新の知識という裏付けが欠かせません」(中川医師)
養老氏や中川医師の言うように、その患者に必要な「適切な検査」が提供されるかが、病気の早期発見と治療の第一歩となる。それには、体調の変化を訴えた時に病気を見抜いてくれる医師が必要だ。
「激しい頻尿に見舞われて受診しても『大丈夫』と言うばかり。ゴルフや食事などプライベートの付き合いもある医者で10年以上通っていましたが、僕の膀胱がんを膀胱炎だと診断していたんです」
そう述懐するのはボクシング元WBA世界ミドル級チャンピオンの竹原慎二氏。
「並ばずに診てもらえるから」と、2年に一度は主治医のもとで健康診断を受け続けていたが、竹原氏の膀胱がんは見つけられなかった。
「薬を飲んでも改善されないまま月日が過ぎ、大量の血尿が出た後の精密検査でようやく膀胱がんだと診断されました。その途端に主治医の態度が変わったので不審に思い、別の病院を受診したところ、『何もしなければ余命1年』と宣告され愕然としました」(竹原氏)
その後、新たに受診した東大病院でリンパ節への転移も見つかり「ステージ4」まで進行したが、当時まだ保険適用されていなかった膀胱を全摘するロボット手術を決断。人工膀胱による不便さはあるものの現在は回復し、仕事にも前向きに取り組める生活を取り戻した。
「公私ともに親しく付き合うことより、本当に患者の身になり最善の処置をしてくれる医師かどうかが大事」と振り返る。
名医が監修「良い医者」/「ヤブ医者」の見分け方
自分にとっての名医を見極めるにはどうすればいいか。眼科医の平松類氏(二本松眼科病院)は、注目すべき「3つの柱」があるという。
「まず求めていないのに保険診療外の検査、サプリの購入などを勧められたら注意してください。技量にかかわらず、かかりつけ医として長年付き合うには“金がかかりすぎる”恐れがある。そんな時は一度立ち止まって考えましょう」(平松医師)
2つ目は「自分に合うかどうかの感覚を大事にする」、3つ目は「話を聞いてくれない、説明してくれない医師を避ける」ことだという。
「患者さんの立場でものを考えない医師と、信頼関係を築くのは難しいと思います」(同前)
見極めのポイントについて、平松医師、上昌広医師(医療ガバナンス研究所理事長)の助言をもとに別掲の表に示した。
共通していたのは、「医師の態度」や「話し方」について、注意深くチェックするという点だ。
「患者や病院スタッフに横柄な態度を取るとか、難しい専門用語ばかり使うような医師は気を付けたほうがいい。治療の選択肢が複数あるような医療現場では双方向のやりとりが欠かせませんが、独善的な傾向の医師はそうした選択肢があることすら示しません。治療開始後のトラブルが懸念されます」(平松医師)
上医師も「患者によって態度を変える、看護師に対して偉そうに振る舞う医師が、適切な対応ができるとは思えません」と指摘する。
患者をほかの医師や医療機関につなげる「紹介状」への姿勢も判断基準になるという。
「かかりつけ医は患者の代理人でもあります。自分の専門外でも周辺の医療リソースをうまく使い調整できる医師かどうかは、『その場ですぐに紹介状を書いてくれるか』で判断できます。面倒臭いなどの理由で紹介状を書くのを渋る医師もいますが、患者にとっては迷惑なだけです」(同前)
年に一度の健康診断だけで患者の健康状態を細かくチェックするのは困難だろう。気になる症状があった時、親身になって話を聞いてくれる医師を見つけたい。
白衣高血圧による薬漬けに注意
健康診断を受けると様々な項目の「数値」が明らかになる。生活習慣病の診断も、血圧や血糖値、コレステロール値などの「基準値」を拠りどころにしている。
厄介なのは、その数値をもとに医師が診断し、基準値を上回れば患者に薬が処方される場合があることだ。数値のコントロールを目的にした生活習慣病治療薬を一度飲み始めると、生涯の付き合いになることが多い。
気を付けたいのは、年に一度の健診日に測った数値が本当に実態に即したものか、という点だ。例えば、糖尿病の診断基準の一つである「血糖値」も、健診時の数値が正しいとは必ずしも言えない。
前出の上昌広医師が言う。
「健診が午前なら当日は朝食を摂らずに『空腹時血糖』を測ります。それが126mg/dl以上の場合に『糖尿病型』と診断されますが、実はこの数値は前日の食事内容や量で変化する可能性があります」
丸1日以上何も食べていなければその分だけ空腹時血糖は低くなるし、前夜に暴飲暴食をしていれば高くなることもある。
同様に、午前中の健診では朝に測ることが多い「血圧」も注意が必要だ。
「血圧は1日のうちでも変動が激しく、特に朝は高く出る傾向があります。さらに“白衣高血圧”と言われるように、白衣の医師や看護師を前にして測定すると、緊張から普段より血圧が高くなることがある。
健診で『血圧が高い』と指摘されて薬を処方された人が、よくよく調べると服薬の必要がなかったケースは少なくありません」(同前)
緊張しているかどうかは、「脈拍」が目安になるという。
「多くの血圧計で同時に測ることのできる脈拍を見て、60程度であれば緊張していないと判断できるので血圧の数値もある程度は信頼できます。しかし、脈拍が90から100の場合、血圧の数値が実態通りかどうか、注意が必要です」(上医師)
病院で測るより実態に近い?自宅での「血圧の正しい測り方」
血圧の専門医である坂東正章医師(坂東ハートクリニック院長)が言う。
「病院で測る血圧より“家庭血圧”のほうが実態に近いことは以前からわかっており、そのことは高血圧治療ガイドラインにも記されています。しかし、問題は病院でも家庭でも多くの人が血圧を正しく測れていないということです」
坂東医師が患者に指導している「正しい測り方」と注意点を別掲の図に示した。最初のポイントは、測定のタイミングだ。
「家庭血圧の測定で大事なのは、きちんとした環境や条件で計測すること。朝は起床後1時間以内に排尿または排便を済ませた後、朝食前に測定します。起床後に新聞やテレビを見る、ゴミ捨てや朝食の支度などの活動をした後は血圧が高く出る傾向があるので要注意です。夜なら就寝前の排尿後に測定します」(坂東医師)
いずれの場合も適切な室温で部屋を静かに保ち、背もたれのある椅子に座って1~2分の安静後に測定する。
「家庭では誤差が少ない上腕式を使うことが多いですが、この時、腕を心臓の高さにして無理のない姿勢を保つことが重要です。床に正座の姿勢は血圧が高く出る傾向があります」(坂東医師)
朝と夜、それぞれ2回ずつ計測して平均値を記録するが、回数よりも正しい測り方ができるかが大切だ。さらに、家庭血圧を日々記録するなかでは、数値の細かな変化にも気を配りたい。
「家庭血圧が正しく測定できると、どのような生活習慣や環境で血圧が上がるかが自分で把握できるようになります。食事や心的ストレスなどが重要ですが、自分の血圧上昇の要因がわかれば、それを避けるための習慣も自ずと見えてくるはずです」(坂東医師)
名医が教えるムダな「検査と手術」
特定の病気を発見するための「検査」も過信してはならない。
2019年9月、愛知県日進市の医療機関で胸部X線検査(レントゲン)を受けた60代患者は右肺に直径約3.7cm大の影が見られたが、担当医はこの画像を見ずにそのままにしていた。翌年の検査で6cm大まで大きくなった影に病院側が気付き、その後、患者は末期の肺がんと診断された。脳に転移が確認されたという。
「こうした見落としは氷山の一角です」
そう語るのは前出・上昌広医師だ。
「画像を確認しなかった医師は言語道断ですが、そもそもX線画像は解像度が低く、1~2cm程度の初期の肺がんを見つけることは難しい。さらに心臓や肋骨と重なった部分のがんや、横隔膜の陰に隠れるがんはX線写真では見つけられず、検査をしても見落とす可能性が高い。実際に日本医療機能評価機構によれば、肺がんのレントゲンでは、陽性なのに陰性と判断される『偽陰性』が最大50%あるとされます」(上医師)
採取した便から大腸がんなどによる出血の有無を調べる便潜血検査(検便)は体への負担がなく安価に行なえるが、発見率に問題がある。ナビタスクリニック川崎の谷本哲也医師が指摘する。
「小腸に近いところにがんができた場合、通る便が柔らかく出血しにくいので見落としやすい。ステージや大きさ、場所によっては検便でがんを見つけることは難しく、大腸がんの数割を見逃すとの研究結果もあるので注意が必要です」
造影剤のバリウムを飲み、全身を検査台に固定して調べる胃部X線検査(バリウム検査)は「時代遅れ」と指摘されるが、上医師は「検査そのものがリスクになることもある」と問題視する。
「バリウム検査で撮影する胃の画像は不鮮明で、早期の小さながんを見つけるのは困難です。また、検査後にバリウムが排泄されず腸閉塞を起こし、大腸の一部に穴が開く穿孔が生じるリスクもある。胸部X線の数十倍以上に及ぶ被ばく量も問題です」
厚労省の「地域保健・健康増進事業報告」(2016年度)によると、1年間で約13万人発生する新規の胃がん患者のうち、自治体が行なうバリウム検査でがんが見つかったのはわずか4500人。しかもバリウム検査で胃がんが疑われる結果が出た場合、二次検査として胃カメラで検査をやり直すことになる。
“高齢者のがん”とも言われる前立腺がんは「検査の必要性」から考え直したい。谷本医師が言う。
「前立腺がんを調べるPSA検査は50歳頃から受け始めて、結果に応じて1~3年に1度検査すれば大丈夫です。前立腺がんは進行が遅いため、高齢者は体に負担がかかる手術を避けて、経過観察する手もあります。80代以上の人はPSA検査そのものを受けないという選択肢もあります」
谷本医師が指摘するように、手術を行なうことで体調を悪化させるケースもある。上医師はこんな患者を診たという。
「慌てて手術に踏み切ったのですが、術後に尿失禁を起こすようになった。それが原因で仕事が続けられなくなってしまった人がいました。また人には言いにくい悩みでもありますが勃起不全(ED)を起こしてQOL(生活の質)が下がってしまったことを悔いる患者さんも多い。進行性の場合もあるので全員手術が不要とは言えませんが、まずは経過観察から始めるのが賢い付き合い方です」
検査ですべてが明らかになるわけではない。まずはそう認識することから始めたい。
※週刊ポスト2023年12月15日号