「イスラエル・ガザ戦争の泥沼化」「台湾総統選挙の行方」「マイノリティの包摂問題」「ネットによる言論の分断危機」「組織的不祥事と『忖度』の追及」──大きな戦乱や政変が起こる年と言われる辰年に備えるべく、『週刊ポスト』書評委員が選んだ“2024年を占う1冊”は何か。ノンフィクション作家の岩瀬達哉氏の1冊を紹介する。
【書評】『文明の生態史観[増補新版]』/梅棹忠夫・著/中公文庫/1320円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
イスラエルのガザ地区での激しい戦闘は、領土をめぐる憎しみの連鎖だけではない。「その宗教を信ずるものの、生活のいっさいを支配する」イスラム教と、ローマ時代にこの地を追われたユダヤ教との、聖地をめぐる宗教戦争が背景に控えている。
「人間の心を支配」する宗教のきびしい対立は、しかし「全地球的歴史のながれの中において」は、むしろ「異質」な現象である。世界の文明は、対立構造ではなく、「平行現象」によって発展してきたからだ。
そのことを民族学者の梅棹忠夫は、世界中をフィールドワークするなかで解明した。「世界はどういう構造になっているか、そしてそれは、どういう過程でそうなった」かを著していたのが本書である。原点は、先の大戦中、モンゴルのゴビ砂漠に面した「中国河北省の張家口という町」に研究者として定住したことだった。
ある日、数百頭のラクダの隊商が、奥地の戦場を潜り抜け、はるか西の「ウリや干しブドウといった産物」をもって東の都市までやってくる。ユーラシア大陸を分断するように横たわる広大なモンゴルの草原とゴビ砂漠を降りてくるラクダの「船団」は、古代中国の漢と古代西洋のローマを結び、「文明をそだてる」システムとして機能していた。そのことに気付いたのである。
斬新な理論の実証のため、インドやタイ、ネパールなど東南アジアの国々を調査で訪ね歩いた。そして砂漠の乾燥地帯の外側に、サバンナふうの準乾燥地帯があり、さらにその外側に森林におおわれた湿潤地帯がある、という「世界の生態学的構造」を世に問うた。これが「平行現象」である。その構造のなかには、「日本民族のいきる道、21世紀以後の未来図」まで組み込まれている。
今回、増補新版に収録された論文以外は、60年以上前に執筆されたものが多い。いずれもが発表からすでに古典としての普遍性を備えていると評価されていただけに、色あせることのない発見がある。
※週刊ポスト2024年1月1・5日号