「イスラエル・ガザ戦争の泥沼化」「台湾総統選挙の行方」「マイノリティの包摂問題」「ネットによる言論の分断危機」「組織的不祥事と『忖度』の追及」──大きな戦乱や政変が起こる年と言われる辰年に備えるべく、『週刊ポスト』書評委員が選んだ“2024年を占う1冊”は何か。評論家の川本三郎氏が選んだ1冊を紹介する。
【書評】『台湾のアイデンティティ 「中国」との相克の戦後史』/家永真幸・著/文春新書/1210円
【評者】川本三郎(評論家)
中央調査社の世論調査によると日本人で台湾に親しみを感じる人は二〇二一年末の時点で75.9%にものぼるという。台湾人が親切で友好的という理由が大きいが、根本には現代の台湾が自前で勝ち取った民主主義の国家であることへの敬意があろう。
本書は台湾の戦後史を辿っているが、戦後の国民党一党支配下の時代から、台中緊張の時代、一九七九年の民主化弾圧の美麗島事件、さらに近年の民主化運動である野百合学生運動やひまわり運動まで視野に入れ充実している。
一九六〇年代に日本に留学していた台湾の学生が独立運動に関わったとして台湾に強制送還される事件(なかには台湾に戻って銃殺された者も)がいくつもあったとは恥しいことに知らなかった。
日本人の台湾研究は遅れていて当時は左翼知識人のあいだで親中派が多かったため、台湾に関心を持つだけで疎んじられたという。私などの世代にはこの空気はよく分かる。
日本人が台湾に関心を持つようになったのは、一九八七年に戒厳令が解除され、政治面での自由化が進んでからというのも同時代を生きた人間として納得する。私見では、八〇年代以降、『悲情城市』をはじめ侯孝賢の映画が次々に公開され、映画ファンのあいだで熱く支持されたことが大きかったと思う。
『悲情城市』で描かれたように台湾は国民党の一党独裁で長く自由が抑制された。白色テロで生命がおびやかされた。だから台湾では、著者の言葉を借りれば「国家暴力に怯えなくてもよい社会への渇望」があった。それが現在の民主主義国家を作りあげた。
一九八六年に民主進歩党(民進党)が成立。以後、国民党と民進党の二大政党の時代になってゆき政権交代も起きる。
二大政党制が台湾の民主主義を支えていることは間違いない。二〇二四年一月に総統選がある。本書によれば、世論調査では中国との関係は現状維持が大半という。
※週刊ポスト2024年1月1・5日号