ライフ

【逆説の日本史】映画『バルトの楽園』で描かれたドイツ人捕虜との心の交流は本当にあったのか?

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十二話「大日本帝国の確立VII」、「国際連盟への道5 その17」をお届けする(第1403回)。

 * * *
 青島要塞攻略戦は一九一四年(大正3)九月二日、日本陸軍が中華民国(当時)の山東半島北岸の都市である龍口に上陸した。ドイツが租借している膠州湾とは違ってここは純然たる中華民国領だから、中華民国は日本に対して激しく抗議したが、日本は戦略上の必要性があってやっていることだと突っぱね、ドイツがこの地に敷設した山東鉄道(膠済鉄道)を十月六日に押収した。これで完全に補給ルートを絶たれた(本国は補給する意思は無かったが)ドイツ軍は、青島に孤立した。

 総司令官の神尾光臣陸軍中将が満を持して攻撃を開始したのが十月三十一日で、早くも十一月七日にドイツ軍は降伏し、要塞は十三日に明け渡された。これまで旅順要塞に関しては「攻防戦」と呼び、青島要塞に関しては「攻略戦」と区別してきたのは、旅順の戦いではロシア軍の抵抗も激しかったのに対し、青島の戦いではドイツ軍はほとんど抵抗らしい抵抗ができなかったからである。

 かくして第一次世界大戦は「東洋」ではあっけなく終わったが、「西洋」ではまだまだ数年続いた。それも戦場はヨーロッパだけで無く大西洋まで広がり、アメリカの参戦を招くことにもなった。それについてはいずれ詳しく述べるとして、ここでは日本の対ドイツ戦の戦後処理と、その後事実上の日本領となった青島がどうなったか、それについて述べておこう。

 補給を絶たれたドイツ軍が華々しい抵抗ができなかったということは、ドイツ軍の戦死者が少なく、多くは捕虜になったということである。そしてその後も大戦自体は終わらなかったということは、大量のドイツ人捕虜を収容する必要に迫られた、ということだ。日本いや大日本帝国においては初めて経験する事態であった。

 ここで、東映映画『バルトの楽園』を思い出す人も少なくないのではあるまいか。現在はDVD化もされているが、その発売元である東映ビデオ株式会社の作品紹介を一部省略して引用する。

〈この作品は第一次世界大戦中の徳島県鳴門市の板東俘虜収容所を舞台に、軍人でありながら、生きる自由と平等の信念を貫き通した所長・松江豊寿(まつえとよひさ)の指導によって、ドイツ人捕虜達が収容所員や地元民と文化的・技術的な交流を深め、ベートーベン作曲の『交響曲第九番 歓喜の歌』を日本で初めて演奏したという奇跡的な実話をベースに描く感動大作です。主人公・松江豊寿を演じるのは、今や国民的スターとなった松平健。(中略)一方のドイツ兵役では、カンヌ国際映画祭監督賞受賞作『ベルリン・天使の詩』や『ヒトラー~最期の12日間~』で主役を務めた名優ブルーノ・ガンツが、ドイツ軍少将に扮するのを始め、(中略)世界に発信する大作映画に相応しい豪華な顔ぶれが揃っています。〉

 公開は二〇〇六年(平成18)、監督出目昌伸、脚本古田求、音楽池辺晋一郎がメインスタッフだが、テレビなどでも何回も放映されているので、それで見たという人も結構いるかもしれない。この映画はどの程度「実話」なのか? まず、主人公松江豊寿(1872~1956)は実在の人物である。『日本人名大辞典』(講談社刊)には、次のようにある。

〈まつえ―とよひさ 1872~1956
明治―大正時代の軍人、政治家。
明治5年6月6日生まれ。もと陸奥(むつ)会津(あいづ)藩(福島県)藩士の子。歩兵第二十五連隊大隊長、第七師団副官などをへて、大正3年徳島俘虜(ふりょ)収容所長、6年板東俘虜収容所長となり、人道主義の精神で第一次大戦でのドイツ人捕虜を待遇。陸軍少将。11年福島県若松市長となった。昭和31年5月21日死去。83歳。陸軍士官学校卒。〉

 つまり、松江大佐も板東俘虜収容所長も実在し、「人道主義の精神でドイツ人捕虜を待遇」したことは歴史的事実なのである。では、その「中身」についてはどうか、映画に描かれたようなエピソードは本当にあったのか?

関連記事

トピックス

2014年に結婚した2人(左・時事通信フォト)
《仲間由紀恵「妊活中の不倫報道」乗り越えた8年》双子の母となった妻の手料理に夫・田中哲司は“幸せ太り”、「子どもたちがうるさくてすみません」の家族旅行
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
《大学時代は自由奔放》学歴詐称疑惑の田久保市長、地元住民が語る素顔「裏表がなくて、ひょうきんな方」「お母さんは『自由気ままな放蕩娘』と…」
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《自宅から遺体見つかる》遠野なぎこ、近隣住民が明かす「部屋からなんとも言えない臭いが…」ヘルパーの訪問がきっかけで発見
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《大谷翔平バースデー》真美子さんの“第一子につきっきり”生活を勇気づけている「強力な味方」、夫妻が迎える「家族の特別な儀式」
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(HP/Xより)
田久保眞紀市長の学歴詐称疑惑 伊東市民から出る怒りと呆れ「高卒だっていい、嘘つかなきゃいいんだよ」「これ以上地元が笑いものにされるのは勘弁」
NEWSポストセブン
東京・新宿のネオン街
《「歌舞伎町弁護士」が見た性風俗店「本番トラブル」の実態》デリヘル嬢はマネジャーに電話をかけ、「むりやり本番をさせられた」と喚めき散らした
NEWSポストセブン
横浜地裁(時事通信フォト)
《アイスピックで目ぐりぐりやったあと…》多摩川スーツケース殺人初公判 被告の女が母親に送っていた“被害者への憎しみLINE” 裁判で説明された「殺人一家」の動機とは
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《女優・遠野なぎこのマンションで遺体発見》近隣住民は「強烈な消毒液の匂いが漂ってきた」「ポストが郵便物でパンパンで」…関係者は「本人と連絡が取れていない」
NEWSポストセブン
記者が発行した卒業証明書と田久保市長(右/時事通信)
《偽造or本物で議論噴出》“黄ばんだ紙”に3つの朱肉…田久保真紀・伊東市長 が見せていた“卒業証書らしき書類”のナゾ
NEWSポストセブン
JESEA主席研究員兼最高技術責任者で中国人研究者の郭広猛博士
【MEGA地震予測・異常変動全国MAP】「箱根で見られた“急激に隆起”の兆候」「根室半島から釧路を含む広範囲で大きく沈降」…5つの警戒ゾーン
週刊ポスト
盟友である鈴木容疑者(左・時事通信)への想いを語ったマツコ
《オンカジ賭博で逮捕のフジ・鈴木容疑者》「善貴は本当の大バカ者よ」マツコ・デラックスが語った“盟友への想い”「借金返済できたと思ってた…」
NEWSポストセブン
米田
《チューハイ2本を万引きで逮捕された球界“レジェンド”が独占告白》「スリルがあったね」「棚に返せなかった…」米田哲也氏が明かした当日の心境
週刊ポスト