生きづらさを抱えて今を生きる我々に映画『男はつらいよ』はなぜ響くのか。名ゼリフににじむ寅さんの生き方を、精神科医の名越康文氏による読み解きを参考にしつつ、味わおう。
●気持ちのほうが、そうついてきちゃくれないんだよ
・第6作『男はつらいよ 純情篇』(1971年)脚本/山田洋次、宮崎晃
柴又に帰った寅は、自分の部屋を間借りする美人の夕子(若尾文子)に熱を上げる。しかし、やがて別居中の夕子の夫が迎えにやってきたことで、寅の恋は終わったのだった。
「現代において大事なキーワード。気持ちがついてこないことを自覚できれば、他人に流されず自分らしい、生き方を踏み外さないで済む。何気ない言葉にハッとさせられます」(名越氏・以下同)
●俺とお前はお風呂のおならだ…
・第37作『男はつらいよ 幸福の青い鳥』(1986年)脚本/山田洋次、朝間義隆
寅を訪ねて上京した美保(志穂美悦子)は看板職人の健吾(長渕剛)と知り合う。寅に紹介されてラーメン屋で働くことになった美保は、健吾と交際することになるが……。
「ここまで自分を無価値なものとして笑って言えるのが見事。自分がちっぽけな存在だと卑下することなく認めてしまうと、もっと人を赦せるようにもなるのではないでしょうか」
●男が女に惚れるのに歳なんかあるかい
・第38作『男はつらいよ 知床慕情』(1987年)脚本/山田洋次、朝間義隆
ひょんなことから知り合った獣医の順吉(三船敏郎)の家に居候する寅。惚れているのに思わず悦子(淡路恵子)に毒舌をはく順吉を、寅は黙って見ていられなかった。
「老獣医・順吉(三船敏郎)の恋を応援する寅さんが、『もう歳よ』と話す娘・りん子(竹下景子)に放ったセリフ。恋愛に年齢は関係なく、若者にはできない愛の形があると教えてくれる」
●男の子はね、おやじと喧嘩して家を出るくらいでなきゃ一人前とは言えません
・第32作『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』(1983年)脚本/山田洋次、朝間義隆
住職(松村達雄)の娘・朋子(竹下景子)に気に入られようと、寅は僧侶の真似事を始めた。博の父の法要で読経をする寅の姿に、博もさくらも気が気でなかった。
「朋子(竹下景子)に説くのですが、寅さん自身のことなので観客が笑うシーンです。にもかかわらず、自分の生い立ちに後ろ向きにならず、明るく人生を全肯定する姿に学ぶことは多い」