日本の安全保障の重大リスクが台湾海峡有事だ。1月13日には台湾総統選挙が行なわれ、事態の急展開も予想される一方で、中国では外相、国防相が相次いで解任されるなど習近平体制に不穏な動きも見られる。中国に関する著書が多数ある社会学者の橋爪大三郎氏と元朝日新聞中国特派員のジャーナリスト・峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)が議論を交わした。【前後編の前編】
峯村:習近平政権の現状をひと言で表わすと「内憂外患」です。経済成長の予測はマイナスの可能性を指摘する見方があり、若者層の失業率も急上昇しています。最近の公表値では大卒者の失業率が20%を超えていますが、複数の中国政府系シンクタンク関係者に聞くと、「実態としては半数以上の学生が就職できない」と言っていた。若者の失業率が高まった時に社会不安が起きる。その例が1989年の天安門事件です。大卒者が就職できず、インフレが高まる中で起きた。
橋爪:中国はひどい病気です。慢性疾患に急性疾患が重なって、寝たきりになっている。市民社会なら、政権は潰れますよ。選挙があるから。途上国なら軍のエリートが、クーデターで政権を乗っ取るところだ。でも中国ではそのメカニズムが、どちらも働かない。軍は共産党が首根っこを押さえていて絶対に動けない。
峯村:民衆の不満は確かに溜まっている。そして事態が急変した時の最後のストッパーになるのはおそらく軍ではありますが、その軍も完全に「習近平一色」になっている。昔の毛沢東の時代であれば、林彪(元党副主席)や劉少奇(元国家主席)とか、クーデターを起こしそうな人がいっぱいいた。でも今はいません。その理由のひとつが「デジタル・レーニン主義」(※中国共産党がデジタル技術を統治に活用する手法に付けられた言葉)です。中国全土に数億個と言われる顔認証カメラが配備されていて、「天網システム」と呼ばれている。約4秒で20億人の中から誰がどこにいるか特定できます。軍人が「今からクーデターやろう」と言った瞬間に察知されてしまう。
外相も国防相も替えが利く
橋爪:その軍ではロケット軍の司令官らや国防部長が解任された。外務部長も解任され、もう死んだという話もある。
峯村:国防相とロケット軍の司令官らはかなり深刻な汚職だと聞いている。前外相の秦剛は、不倫相手の元香港メディアの女性キャスターが米国で代理母の制度を使って子供を生んだ。
習近平政権が米国と対峙している時に、外交トップの国務委員で外相である秦剛の子供が米国籍を持ったことが問題視され、相当苛烈な取り調べを受けて自殺未遂を図ったと聞いている。