なかなか寝つけない、眠りが浅く寝覚めが悪い、けれど病院に行くほどでは……睡眠の悩みを抱える人は多い。だが、薬に頼らずとも、ちょっとした工夫で朝までぐっすりの「良質な睡眠」を得ることは可能だという。室温から寝具、就寝前の習慣まで、専門医に秘訣を聞いた。
目次
監修・取材
・東京疲労・睡眠クリニック院長梶本修身医師
・雨晴クリニック院長坪田聡医師
快眠を得る室温や布団の中の温度は?
朝、布団から出るのがつらいこの季節。身体が冷え「眠りが浅かった」と感じる朝も多い。
一方で、冬は夏に比べ睡眠時間が長くなる傾向があるという。
日本大学と青森県立保健大学などが全国の男女約1400人を対象に調査したところ、平均睡眠時間は夏より冬が11分長かった(2019年)。季節で日照時間が大きく変わる高緯度の地域では20~30分の差があったという。
東京疲労・睡眠クリニック院長の梶本修身医師が指摘する。
「この時期、寝つきの悪さや不眠を訴える方が増えますが、十分な睡眠時間が取れたとしても、環境次第で睡眠の質が下がっている可能性は大いにあります。眠りに大切なのは『睡眠の質の高さ』です。薬に頼らなくても工夫次第で快眠を得ることはできます」
同じく睡眠を専門とする坪田聡医師(雨晴クリニック院長)もこう言う。
「身体の様々な働きが低下する50代以降は“睡眠力”も大きく衰えます。日々、健康的かつ快適に過ごすためには、睡眠時間の長短を気にするよりも、いかに良質な睡眠を取るかが重要になります」
快眠を得るにはどんな点に注意すべきなのか。梶本医師が言う。
「この季節、睡眠の質を低下させる一因は、やはり寒さです。まず、寝室内の温度や湿度、布団の内側の温度に気を配る必要があります。医学的には、室温18~20℃以上、布団の中は33℃程度を保つと心地よく眠れることがわかっています」
室温18℃未満では、布団の内側の温度を維持しにくいという。
睡眠の質を上げるエアコンの使用方法
そこで梶本医師が勧めるのが、就寝中のエアコン使用だ。成人男女550人を対象にしたパナソニックの調査(2022年)では、約7割が「寒さで睡眠の質が下がると感じる」と答えた一方、睡眠時のエアコン使用率は31%と低かった。
「エアコンをつけっぱなしで寝ることに抵抗がある人もいると思いますが、私は就寝前に寝室を20℃程度に暖め、朝まで自動運転で一定の室温を保つようにしています。国交省の調査(2019年)では、朝の寝室が18℃未満の人は、18℃以上を保つ人に比べて血圧や悪玉コレステロール値が有意に高く、心臓の異常所見も多く見られたことが確認されました。健康リスクの面からも、冬場の寝室の温度管理はとくに気を付けましょう」(同前)
エアコン使用に伴う乾燥対策も大切だ。坪田医師が指摘する。
「室内が乾燥しすぎていると、鼻や喉の粘膜を傷め、睡眠の質が悪くなります。加湿器を使用して湿度50%前後を保つのが理想。濡れた洗濯物を干したり、観葉植物を置くだけでも部屋の湿度は高まります」
枕などの寝具は「寝返りしやすいか」がポイント
枕や布団などの寝具も眠りの質を左右する。坪田医師は「寝返りしやすいかどうか」を重視する。
「一晩10~30回している寝返りには、就寝中の体温調節や血液の循環を促す効果があります。また、脳を休ませる『ノンレム睡眠』と、体を休ませる『レム睡眠』の切り替えスイッチの役割も果たしている。これらの切り替えがうまくいかないと睡眠の質が落ち、翌朝に疲れが残ってしまいます。敷き布団やマットレスを選ぶ際は、寝返りのしやすさを基準にするとよいでしょう」
寝返りの補助をしてくれるのが高反発マットレスだ。
「柔らかい低反発素材は体重でお尻が沈み込み、寝返りしにくくなります。通気性が悪く汗が蒸発しにくいのもデメリット。好みの問題はありますが、楽な寝返りのために高反発素材を試してみてはどうでしょうか」(同前)
枕選びも「寝返り」がポイントになる。坪田医師が続ける。
「枕はフラットな四角形がベスト。横向き寝の際に、頭から腹にかけての中心線が一直線になり、床と並行になる高さが理想です。仰向け寝の場合は、首の角度が床に対して10~15度になり、肩を枕に載せなくても息苦しくない高さのものを選んでください。頭の重さで沈んでしまうそば殻や低反発素材は寝返りには不向きです」
枕の違いによる睡眠時の姿勢は、健康にも影響を及ぼす。梶本医師が言う。
「成人の頭の重さは約5kgあります。頭が枕に沈み込むと、首・肩・背骨に負担がかかり、起床後に肩こりや背中が痛む原因になるので、しっかり頭を支えられる枕がよいでしょう。また、睡眠時に酷いいびきや無呼吸がある人は横向き寝用の枕や、ある程度高さのある枕を使うようにしてください。仰向けで気になる高さなら、自然と横向き寝ができるようになります」
掛け布団は「重さ」で選ぶ。重ねる場合は順番に注意
軽くて暖かい羽毛布団や、保温性と吸湿性に優れた真綿布団、扱いやすい化繊など、掛け布団にも様々な種類がある。
「軽い羽毛布団を好む方が多いようですが、最近の研究では、重い掛け布団に不眠改善の効果があるとの結果も出ています。2020年、スウェーデンのカロリンスカ医科大学附属病院の研究チームが不眠症患者120人を対象に行なった実験では、4週間、重い毛布(6~8kg)を使った群の6割に不眠の改善が見られましたが、軽い毛布(1.5kg)を使った群の改善は1割未満でした」(梶本医師)
2022年には、同じくスウェーデンのウプサラ大学でも同様の実験が行なわれ、重い毛布を掛けると睡眠ホルモン「メラトニン」の分泌量が増えるとの結果が示された。
「重い掛け布団と快眠の因果関係が完全に解明されたわけではないですが、『覆われている』安心感が心地よい眠りをもたらしているのだと考えられます。日本人の体格などを考えれば、4kg程度の布団が適当でしょう」(同前)
寝返りを打てなくなるほどの重さでは逆効果だが、最近は量販店などでも「重い布団」の取り扱いは増えつつあるという。
2種類以上の掛け布団を重ねる場合は、その順番にも気をつけたい。
「厚い掛け布団の上に薄い毛布を重ねるほうが、保温効果が高いと確認されています。畳部屋で寝る際は、敷き布団の上か下にマットレスやパッドなどを敷くと保温効果が高まります」(同前)
坪田医師もこう言う。
「冬場は床から冷気が上がってくるので、ベッドのほうが暖かく眠れます。畳や床に布団を敷くと埃が舞いやすく衛生面の問題もある。夜間のトイレなどで起き上がりにくいうえ、布団に足を取られて転倒するリスクも高まります」
快眠につながる入浴の仕方。時間と温度は?
快眠には「入浴のタイミング」もポイントのひとつ。風呂から出てすぐ布団に潜り込めば暖かく眠れそうだが……。
「就寝直前の入浴は勧められません。体がポカポカのまま布団に入ると、体の中心の深部体温が下がりきらず、寝つきが悪くなるからです。入浴は就寝の1~2時間前に済ませたい」(同前)
また、体を芯まで温めようと熱い湯に長く浸かるのは、別の健康リスクを招く恐れがある。
「冬になるとお風呂で倒れて搬送される人が増えますが、その原因の9割が『熱中症』です。寒暖差によるヒートショックの危険性が指摘されますが、湯船でのぼせて熱中症になり、意識不明になる人が実は大半をしめています。冬でも40℃のお湯なら5分、ぬるま湯なら10分くらいに留めるといいでしょう」(梶本医師)
良い眠りのためには「体を温める」のではなく、「血流を良くする」ことが大事だと梶本医師は言う。
「湯に浸かり水圧や浮力で血流が良くなることで、自律神経の調整や脳への血流改善につながります。それこそが快眠への近道であり、入浴では湯の温度よりも浸かることが大事、と意識しましょう」
眠りの質を上げる「入眠儀式」の習慣。パジャマ選びの工夫
入浴後の服装も寝つきを良くするための重要な要素だ。坪田医師が言う。
「部屋着で寝てしまう人がいますが、面倒でもパジャマに着替えましょう。着替える行為が『これから寝よう』という意識づけ、つまり“スリープセレモニー(入眠儀式)”になるからです。パジャマに着替えることで寝つくまでの時間が9分短縮されたとの実験結果もあり、夜中に目覚める回数も減ることが確かめられました」
パジャマを選ぶ際にもポイントがある。
「パジャマには肌触りが良くて身体にストレスを与えない綿素材やシルクが最適。睡眠中にはコップ1杯分の汗をかきますが、汗も素早く吸収してくれます。暖かさで言えばフリース地も選択肢ですが、吸湿性で劣ります」(同前)
寝返りなど体の動きを制限しないためには上下セパレートを、冬は襟元を冷やさないよう丸首のタイプを選ぶのがよいという。
ただし、寒いからと靴下を履いて寝るのは禁物だ。梶本医師が言う。
「靴下を履いたまま寝ると、毛細血管が集中する足から効率的に放熱できず、深部体温がなかなか下がりません。眠りの質が低下します。足の冷えがどうしても気になる時は、足先を覆わないレッグウォーマーなどで動脈の通る足首を重点的に温めるのがよいでしょう」
【図解】朝まで快眠「寒い冬」理想の寝室
睡眠の質を落とす晩酌と寝室の明るさは?
普段の何気ない習慣や行動のなかにも、眠りの質に影響する事柄は多々ある。
残業で帰宅が遅くなり夕食を摂り損ねた時など、就寝直前に食事をすることもあるが、やはり寝つきが悪くなる恐れがある。
「食事をすると消化のために胃腸が動いて熱が発生し、体温が上がります。寝る直前に食事をすると体温が高いままで寝つきが悪く、浅い眠りになってしまう。また、消化にエネルギーが使われると睡眠中に細胞の修復が十分にできず、起床後に疲労感が残る原因にもなります」(坪田医師)
寝つきを良くしようと「寝酒」をするのは、快眠の逆効果になるという。
「就寝時にアルコールが抜けていれば問題ありませんが、寝る前のお酒は眠りを浅くし、夜中に目覚めやすくなります。体重60kgの男性なら、晩酌は寝る3時間前までに日本酒1合相当を目安にしてください」(同前)
また、「眠れないから」と寝床でテレビやスマートフォンを見て眠くなるのを待つのは本末転倒だ。
「眠りを浅くする原因で一番影響が大きいのが光の刺激です。なかでもブルーライトの強い光を浴びると脳が昼間だと勘違いし、睡眠ホルモンのメラトニンが減少して眠りにくくなります」(同前)
なかなか寝つけない時はいったん寝床を出て、自然に眠くなるのを待つほうがいいという。
梶本医師もこう指摘する。
「朝の光で目覚めようとカーテンの隙間を開けて眠る人がいますが、冬場は防寒対策上好ましくありません。また、寝ている間は豆電球ほどの明るさでも睡眠の質を落とすことが証明されており、寝室は真っ暗が理想です。夜間や早朝にトイレに行くなら、人感センサー付きの足元灯などを使うのがベストです」
目覚まし時計の工夫で快眠に。夜間頻尿との因果
良い眠りには、「目覚め方」も重要だ。大音量の目覚まし時計で飛び起きることは、快眠につながらないどころか病気の発症リスクを高めるという。
「爆音アラームで起きるのは絶対に避けてください。睡眠時のリラックスした副交感神経優位の状態から、一気に交感神経優位の緊張状態を強制しているようなものです。心拍数や血圧が急上昇し、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高めることになります」(同前)
日の出の遅い冬、起床時はまだ暗いという人も多いが、どうすれば自然な目覚めが得られるのだろうか。
「起床時刻に合わせて少しずつ明るくなるライトが付いた目覚ましや、小さな音から徐々に大きくなるクレッシェンド機能やスヌーズ機能のある目覚ましを活用しましょう。たいていのスマートフォンにも同じような機能があるはずです」(同前)
なお、夜間頻尿のせいで不眠に悩む人は多いが、実は因果が逆のケースもあるという。
「睡眠の質が悪いせいで夜間頻尿になっている可能性があります。私のクリニックでもいびきや無呼吸が原因で目が覚めているのに、『歳を取りトイレが近くなった』と片付けてしまう患者さんは多く見受けられます。頻尿の原因が睡眠障害の場合があるので、心当たりがある人は睡眠専門クリニックを受診しましょう」(同前)
快眠習慣こそが健康の第一歩である。
快眠を妨げる10のNG習慣
※週刊ポスト2024年1月12・19日号