【書評】『めざせ! ムショラン 三ツ星 刑務所栄養士、今日も 受刑者とクサくないメシ作ります』/黒柳桂子・著/朝日新聞出版/1650円
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
ムショのメシを作るのは受刑者自身だ。著者は全国に二十人ほどしかいない法務技官の管理栄養士で、毎月のメニューを考え、受刑者と一緒に炊場(炊事工場)に立ち、調理指導を行っている。本書は刑務所のメシ作り奮闘記だ。
彼女の赴任先は主に初犯の男子受刑者を収容する刑務所だ。〈私のチームメイト〉という受刑者十一人(交替制のため実質七~九人)で百十人分の給食を作る。刃物や火を扱う炊場に配属されるのは素行がよいと判断された者だ。
彼らの大半は調理の経験がない。著者は受刑者の成育歴やどんな罪でどのくらいの懲役刑なのかも知らない。私的な会話は禁じられているのだ。裁判の傍聴に通っていたことがある評者は、罪を犯した人の多くがいわゆる家庭の味とは無縁の歳月を過ごしていたことを知った。複雑な家庭環境で育ち、十代からひとりで生き延びてきた人も少なくなかった。
著者が仕事に情熱を注ぐのは〈受刑者の健康のため〉といい、工夫をこらしたおいしい食が更生にもつながると考えている。とはいえ、ムショメシには厳しい制約があった。一日あたり約五百二十円の予算で、主食(米七・麦三の割合)と副食を用意しなければならず、たまにはお菓子も提供したいと心を砕く。中途半端に余った災害時用の缶入りパンを使ったパンプディングを作るなどもし、受刑者を喜ばせた。著者の真心が甘みとともに口に広がったことだろう。
ほかにも制約が多々ある。バナナがNGなのは皮でタバコを作った受刑者がいたからだ。アルミ包装のチーズもご法度。アルミ箔をコンセントに近づけ火花を出す方法があるためだという。
出来上がった料理は神経を集中して均等に盛り付ける。わずかな量の違いが問題を引き起こすこともある。さらに刑務官の厳しいチェックを受け、受刑者に配られるときには冷えている。ある受刑者は出所したら〈湯気の出たもの〉を食べたいと答えたという。シャバで食べる温かい料理が人生の再出発になることを願うばかりだ。
※週刊ポスト2024年1月12・19日号