1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏は、2022年3月から調教師として活動中だ。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、「騎手という職業」についてお届けする。
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現在の競馬ではクリストフ・ルメール騎手と川田将雅騎手、この二人の活躍が目立っていますね。2023年も勝利数だけではなく、勝率、2着以内に入った連対率、3着以内の複勝率すべてで、リーディング3位以下のジョッキーを大きく引き離しています。馬主さんは二人のうちどちらかが乗ってくれるなら嬉しいでしょうし、彼らが乗るからということでオッズも下がります。
クリストフは見た感じや話し方は優しいけれど、負けたくないという気持ちはすごいものがあります。将雅には自分の型があるし、常に関係者やファンを納得させる競馬をしています。話していてもそつがありません。二人とも、レースでどんな状況になっても対応できる「引き出し」がたくさんあります。
その他でも毎年のようにリーディング上位に名を連ねたり、GIに騎乗していたりするジョッキーは、みな秀でたものを持っていて、調教師としてもとても頼もしい存在です。
でも彼らは、スーパールーキーとしてこの世界に入ってきたわけではありません。
たとえばプロ野球の世界では、アマチュア時代からホームランを量産したスラッガーや、スピードボールでバッタバッタと三振をとってきたピッチャーがドラフト会議で上位に指名されるように、同じ新人といっても、それまでの活躍度や素質が違うし、与えられた背番号などで期待度も異なります。
ところが、ジョッキーは新人としてデビューする時、センスやキャラクターの違いはあるけれど、技量的にはほぼ横一線と見られています。騎手や調教師の子供であるといった話題性などによる注目度の違いはあるかもしれませんが、みな競馬学校の3年間で同じように鍛えられていて、実力に差があるという見方はありません。
誰も本当の「競馬」を経験していないのだから、それも当然のことです。成績優秀な生徒は表彰されるけれど、それは馬を速く走らせることができるということではありません。
しかもデビュー直後は、師匠である調教師が自厩舎の乗りやすい馬を用意してくれたり、減量という特典もあるので他の先生に頼み込んで乗せてくれたりして、多少の違いはあるものの昔にくらべればスムーズにこの世界に入れるようになりました。初勝利はもちろん、特別レースや重賞を勝ったりすれば、「大物ルーキー」などと持ち上げられることもあります。成績のいい卒業生が揃ったりすると、競馬学校の卒業年にちなんで「花の〇年組」などと言われることもあります。
ところがデビューして5年もたつと、勝ち星を量産しているジョッキーと、たまにしか騎乗馬がないジョッキーの差が歴然としてきます。なかには、何かを掴んだのか遅咲きのジョッキーもいますが(僕もそうだったかもしれません)、さらに年を重ねると、その差はどうしようもないぐらいに開いてきます。けっして、もともとの素質や能力が違っていて、それが顕著になったということではありません。