「ムショ仲間」と私は吹聴している。刑務所ルポを一昨年に綴って以来、塀の中の人と出会う機会が増えた私はいま、刑務所勤務の管理栄養士・黒柳桂子 さん(“柳”の正式な表記は“木へん”に“夕”に“ふしづくり”) から聞く話が面白くて仕方がない。更生過程にある若者と彼女が「食」を通して心を通わせる様子は、さながら母子の物語のようだ──。“オバ記者”こと野原広子が、黒柳さんにインタビューした。【全3回の第2回。第1回を読む】
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──刑務所勤務の管理栄養士は具体的にどんな仕事をするんでしょうか?
「まずメニューを作って、そのための食材を発注します。10日分のメニュー表には、必ず1品はワクワクするような料理を配置するようにしています。たとえば『お楽しみデザート』(牛乳でババロアを作り、上にウエハースを砕いてのせたものなど)とか。
毎朝、取引業者が納品する食材を検品して、冷蔵庫や冷凍庫に保存するものと、その日使うものに分けます。そして炊場で週に1〜2回、受刑者と一緒に調理作業をしています」
──調理現場はどんなスケジュールですか?
「私が出勤するのは8時半。昼食の用意を9時から始めて10時半くらいまでに作り終えます。野菜のカット等は前日に済ませておいて、午前中は加熱調理だけ。配膳をして12時に昼食スタートです」
──出来上がってから1時間半も経ってますが?
「『平等』が刑務所の鉄則です。受刑者が配膳したものが同量かどうか、公平かどうかを刑務官が厳しくチェックします。その間に温かいものは冷めてしまいます。だから夕食は、午後1時半から調理を始めて3時頃に出来上がっても、食べるのは夕方5時からとなります」
──やはり、温かいものを食べさせてあげたい?
「これ、温かかったらもっとおいしいのに!と思うと、毎回悔しいですよ」
──1日の予算は「3食で520円」だとか。これはご飯込みの金額?
「はい。主食は1日100円前後。先日、小学校の給食の試食会に行ってきたんですけど、1食281円でした。刑務所では、大の男の1日分の食費が小学生の2食分より安いんです。
しかも、細かなことまで法律で決められている。たとえば、白米と麦の比率は7対3。お寿司であっても麦飯で、これは絶対。せめてちらし寿司は白米にしたいと言ってもだめ。法律で決められているんです。さすがに、お正月の三が日は白米ですけどね」
──1日の献立は?
「朝はご飯と味噌汁と味付けのりと佃煮。最近は物価高騰で、味噌汁に入れるねぎさえ買えない。先日も気がついたら、『これ、味噌汁の具にならないかな』と刑務所の敷地内に生えていた雑草を見ている自分に驚きました(笑い)。
昼は炒め物や丼物、味噌汁と茹で野菜などの副菜。以前はさばの半身のまた半分を味噌煮にして出せたけど、いまは無理。高くて買えない。
夕飯にはせめて肉料理と思って、そうはいっても肉の量が少ないからもやしでカサ増しするんですけど、そうすると味が薄くなって、『肉を食べたという気になれない』と言われるんです。
それでも奮発して、昨年11月29日に“いい肉の日”だから、チキンカツを出したんです。ご当地の豆味噌だれをかけて、1人100g。そうしたら『毎月29日は肉の日にしてください。それだけでおれたち、1か月頑張れます』って」
──泣けますね……。鉄板メニューはやはり、一般家庭同様、カレーライスですか?
「はい。でも、刑務所なりに難しいところはあります。カレーって肉がどれだけ入っているかが大事かと思いますが、肉も多くは使えない。肉の多い少ないで不公平を生んではいけないので、ひき肉カレーにしたり、冷凍のハンバーグや肉団子を解凍してぐちゃぐちゃにして入れたり。意外にもその方がいろんな香辛料が入っているぶん、おいしいということに最近気づいて。それに単価も安いんですよ。だからカレーの日は、3日前から肉を解凍してほぐして準備しています」
──祝日は特別におやつを出すんですよね。
「予算は1人68円。何が食べたいかアンケートを取るんです。そうすると、彼らは自分の食べたいものを何とかして食べようとする。たとえば、チョコレート菓子をどうしても食べたいと考えたら、雑居房の仲間に声をかけて組織票を作ったりするんです(笑い)。
お正月はお菓子の詰め合わせが出ます。毎日少しずつ出す施設もありますが、当所はまとめて出すので、初日に食べきってしまう者もいる。なので、『これは1月3日までに食べなさい』と伝えるんですが、そうしたら彼らは、『もうお腹いっぱいで食えねえ』という感覚を味わうために最後の日にまとめて一気食いしようとみんなで決めて、それを実行したんですって。彼らにとって、食は刑務所生活の中で大きな大きな楽しみなんです」
(第3回につづく。第1回を読む)
【プロフィール】
黒柳桂子/管理栄養士(法務技官・岡崎医療刑務所勤務)。1969年、愛知県岡崎市生まれ。老人施設、病院勤務等を経て、2012年から岡崎医療刑務所勤務。受刑者たちの食事作り及び調理作業の指導を行う。主宰した「男の料理教室」では、延べ1000人の高齢男性に料理を伝授した。著書『めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版、1650円)が発売中。
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県桜川市生まれ。喜連川社会復帰促進センター、旧黒羽刑務所(いずれも栃木県)を一昨年取材。罪を犯した若者が更生の道を辿る過程に強い興味を抱く中、法務技官の管理栄養士・黒柳桂子さんと出会う。
取材・文/野原広子 撮影/浅野剛
※女性セブン2024年2月15日号