「立春」を過ぎて暦の上では春を迎えた。少しずつ日脚が伸びる季節、一足早い春を探すお出かけのお供に、おすすめの新刊を紹介する。
『東京都同情塔』/九段理江/新潮社/1870円
講評は本当だった! ザハ・ハディド案の新国立競技場ができた並行世界。建築家の牧名沙羅は寛容の精神で犯罪者を収容する刑務所(シンパシータワートーキョー=東京都同情塔)のコンペに勝ち、新たな都市景観を創り出す。漢字よりカタカナの風潮、他者の言葉を滑らかに繋ぐ生成AI、大きくなりがちな主語、寛容論学者の正体。黄昏ゆく“自前思考”への軽やかな風刺小説だ。
『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』/東野圭吾/光文社/1980円
元手品師の武史が経営する隠れ家的バー「トラップハンド」(罠の手)にやってくる女達がドラマを紡ぐ。超セレブを探す婚活中の美菜、莫大な遺産を相続した和美、愛する男性が突然死んだ柚希、離婚後の妊娠発覚でも胎児には死んだ元夫の相続権があると主張する沙智。邪心の犯罪かと思わせるどの話にも、人生の機微にそっと触れる捻りが。女達を言祝ぐ人間賛歌ミステリーだ。
『山口恵以子のめしのせ食堂 こころとお腹を満たす物語と「ご飯のおとも」』/山口恵以子、長船クニヒコ/著 小学館 1650円
百貨店を退職した女将が始めた小さな一膳めし屋。ガスで炊いたご飯と2種の味噌汁、全国から取り寄せた「ご飯のおとも」が売りだ。出勤前のホステス、疲労困憊の独身男性サラリーマン、離婚した女性編集者などをスケッチしながら(小説部分)、目利きのバイヤー長船氏が佃煮、ふりかけ、肉や海産物と、全国の取り寄せできる逸品を紹介。これ白めし党必携の“幸福の手帖”かも。
『日本哲学入門』藤田正勝/講談社現代新書/1100円
難しいが読みやすい。難しいのは哲学のことをあまり考えたことがないから。読みやすいのは平明な語り口で日本人の自然観、死生観などに案内してくれるから。哲学が生きた学問であることは「社会・国家・歴史」でよく分かる。弾圧・摘発・獄死など戦前の哲学者達が被った悲痛な運命。菅政権下の日本学術会議任命拒否問題を思い出す。学問が再び国家に支配される時代を想う。
文/温水ゆかり
※女性セブン2024年2月22日号