1988年ソウル五輪の競泳・100m背泳ぎ金メダリストにして、2015年に発足したスポーツ庁の初代長官を務めたのが鈴木大地さんだ。56歳になる現在もスラリとしたアスリート体型を維持し、日本水泳連盟の12代目会長を務める。【前後編の前編】
「金メダルからもう36年になりますか。当時は古橋廣之進さんが水連の会長で、合宿にいらっしゃるといつも『魚になるまで泳げ』と激励されていました。当時は頭の中が『?』でしたけど、今ならその意味もわかりますね」
鈴木さんは“フジヤマのトビウオ”と呼ばれた伝説のスイマーの甲高い声をモノマネしながら、いまだ耳に残る「魚になるまで泳げ」の名言を復唱した。
「要は時代と共に科学技術や医療技術が進歩し、水着も改良が進んでいるけれども、自分自身を極限まで追い込んだ経験がないと金メダルには到達しない。そういうことを古橋さんは言いたかったんだと思います」
現役時代のクールな印象に加え、現役引退後はお堅い役職を歴任してきたことで、鈴木さんには勝手に気難しい印象を抱いていた。ところが、本人はいたってお茶目で、フランクで、とにかくエネルギッシュだ。
「そう? よく言われます(笑)。ただ、年相応には老けていて、顔にも染みがある。だから写真はうまく修正しといてね、アハハハハ。スポーツ庁長官時代に横浜DeNAの試合の始球式を務めた時には、五十肩で右手が上がらず、利き手ではない左で投げたこともありました。競泳はシンメトリーに体を動かす競技。左で投げてもしっかりキャッチャーに届きましたよ」
鈴木さんは現役の頃、世界と戦うためにはライバルたちと同じことをやっていてはトップに立てないと心に秘めながら練習に励んでいた。
「普通の人がやっていることにプラスアルファしてこそ、自分のなかで特別感が芽生え、自分は強いんだと信じられる。“Be Eccentric”(エキセントリックであれ)とでもいうのかな。他の人から見たら、何をやっているんだと思うような練習もずっとしていましたね」