「最初に食べたご馳走はなんですか?」。子供の頃に母が作ってくれた料理、上京したときのレストラン、初任給で行った高級店……。著名人の記憶に刻まれている「初めて食べた忘れられない味」を語ってもらい、証言をもとに料理を再現するこの企画。今回はデヴィ夫人に忘れられないご馳走を教えていただきました。
インドネシアのスカルノ大統領からプロポーズを受けたのは、19才の頃。けれど、幸せな結婚生活はクーデターによって幕を閉じ、フランスへ亡命。パリの社交界で「東洋の真珠」と喝采を浴び、その後、アメリカに移住。実業家として成功を収めた2000年頃からは、日本のバラエティー番組にも出演するようになったデヴィ・スカルノさん。波瀾万丈の人生で思い出に残る味は意外にも──。
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スカルノ大統領にお食事を作って差し上げたことはありません。ヤソオ宮殿には、料理人だけで10人近くいましたから。日本人のシェフも2人いて、大統領はしばしば、朝食にわかめと卵、豆腐のおみそ汁を召し上がっていました。
わたくしは真珠湾攻撃の前年に、東京の西麻布で生まれました。空襲警報が鳴るたびに、幼い弟と一緒に防空壕に避難して。母は足が悪かったので、闇屋のおばさんと一緒に、千葉まで米の買い出しに行くのも私の役目でした。
いま、東京の空は明るいでしょう。高層ビルが立ち並んで、数えるほどしか星も見えない。でも焼け野原だった東京の夜は、満天の星空。きれいでしたよ。それを眺めながら、わたくしは決めたの。外国に出て、歴史に名を残す存在になりたい。
思春期の「文学漬け」が社交界で役に立った
それで両親は浄土宗でしたけれども、戦後、わたくしはキリスト教の日曜学校に通って、英語も勉強して。小学生の頃は、マリー・アントワネットから楊貴妃まで、歴史に名を残した女性たちの姿を鉛筆で一生懸命に描いておりました。
思春期には文学漬け。スタンダールの『赤と黒』を読めばレナール夫人、バルザックの『谷間の百合』を手にとればモルソフ夫人になりきってね。十数年後にパリの社交界に立ったときには、さして驚きませんでしたよ。わたくしの頭の中に在ったものが、今度は目の前に現れたというだけ。
ヤソオ宮殿でも、パリやアメリカの社交界でも、たくさんのご馳走をいただきました。けれど、わたくしの記憶に強烈に染み込んだお味となると、戦中戦後の焼け野原で必死に生き抜いていた頃、めったにないご馳走として母が作ってくれた鶏ガラのけんちん汁をおいてほかにはありません。ごぼうや油揚げが入っているため、豚汁と勘違いするかたもいらっしゃいますが、おみそは使わないんです。
当時は貴重だった鶏ガラをじっくり煮出して、その間に、細かく刻んだいわしの身をすり鉢で丁寧に練っていきます。ほかの具材、ごぼうやしいたけは炒めますが、いわしのつくねと油揚げは、そのままスープに。手に入ったときは、ごま油も使っていました。温かく、芯から優しいお味。母が亡くなったのは、私がスカルノ大統領と結婚した2年後でした。
戦時中、母が作ってくれた鶏ガラのけんちん汁
■材料(4人前)
ごぼう…1/2本(30g) にんじん…1/3本(40g) 大根…100g しいたけ…2枚 油揚げ…1枚(豆腐の代用) いわしのつみれ…8個 しょうゆ…大さじ1 ごま油…小さじ2 塩…適量
鶏ガラだし[鶏ガラ…1羽分 長ねぎの青い部分…1本 しょうが薄切り…2枚 酒…1/2カップ 水…7カップ]
いわしのつみれ[いわし…3尾 しょうがのしぼり汁…小さじ1 薄力粉…大さじ1.5]
A[鶏ガラだし…4カップ、酒…大さじ2、白だし(濃縮タイプ)…大さじ1.5]
■作り方
【1】鶏ガラだしを作る。ボウルに洗った鶏ガラを入れて熱湯を回しかけ、汚れが浮き上がってきたらもう一度流水で汚れを洗い落とす。
【2】鍋に【1】、長ねぎの青い部分、スライスしたしょうが、酒、水を入れ、強火にかけて煮立ったら丁寧にあくを取り、弱火にする。時々あくを取りながら3時間煮る。ざるにキッチンペーパーを敷いてスープをこす。
【3】いわしのつみれのたねを作る。いわしはうろこを取り、頭と腹わたを除いて水洗いをし水気を拭く。手開きにして中骨とひれを取る。フードプロセッサーにいわしとしょうがのしぼり汁、薄力粉を入れてミンチ状にする。
【4】大根、にんじんは皮をむき3〜4mmのいちょう切りに、ごぼうは5mm幅の斜め切りにして5分水にさらして水気を切る。しいたけは石づきを切り落とし、4等分する。油揚げは短冊切りにする。
【5】鍋にごま油を熱し、油揚げ以外の材料を入れて油が回るまで炒める。
【6】[A]を加えて強火にかけ、煮立ったら【3】を直径2cm大のつみれにしてスプーンですくい入れる。
【7】弱火にしてあくを取り、油揚げを加え蓋をして火が通るまで10分ほど煮たらしょうゆを加え、お好みで塩で味を調える。
■POINT
鶏ガラは骨についた血合いや内臓などの汚れをよく洗い、あくをこまめに取りながら煮るとにごりのないスープに仕上がる。
【プロフィール】
デヴィ夫人/1940年、東京都生まれ。19才でインドネシアのスカルノ大統領からプロポーズを受け、結婚。1960年代後半からパリに移り、1980年代にはインドネシアで実業家として活躍、1990年代はニューヨークで暮らした。現在は日本でバラエティーから討論番組まで幅広く活躍中。
写真/深澤慎平 料理・スタイリング/柳瀬真澄
※女性セブン2024年3月14日号