3月に入り春の兆しを感じられる日も増えてきた。あたたかな空気に包まれながら読みたい、おすすめの新刊を紹介する。
『ジェンダー・クライム』/天童荒太/文藝春秋/1870円
訳あって所轄署に飛ばされた鞍岡、本庁からやってきた若き切れ者の志波。この刑事コンビが「目には目を」のメッセージが遺る58歳の男の殺害事件に挑む中、過去のレイプ事件との因縁が浮上する。ミステリー的にはこれが本筋でも、背景にある我が国の悪しきジェンダー観(例/レイプされた側に隙があるとか)が読み所。女性達の長年の鬱屈を晴らしてくれてありがとう!
『シャーロック・ホームズの凱旋』/森見登美彦/中央公論新社/1980円
ビクトリア朝時代が丸ごと京都に引っ越し。どうなる!?と思っていたらガス燈も馬車も案外しっくり。洋の登場人物達が少しキャラを変え和の京都で蠢く。ホームズはスランプに陥り、宿敵モリアーティはしなびた老教授に。ワトソンの可憐な愛妻と唯一ホームズを出し抜いた美女アイリーン・アドラーがコンビを組むというぶっ飛んだ設定にも笑う。ホームズ愛に満ちた快作だ。
『なんていいひ』/文リチャード・ジャクソン/絵スージー・リー/訳東直子/小学館/1980円
大人なら気持ちがどんよりする雨の日。でも、子供の頃はそうじゃなかった。この絵本の中の子供達も室内で踊ったり跳ねたりと、とても陽気。雨がやむと戸外に飛び出し、澄んだ青空の下、全身で青空と戯れる。豪雨でも「なんていいひ」、晴れても「なんていいひ」。子供の頃わざと雨靴で泥の水溜まりにバシャバシャ入ったり、傘をクルクル回して下校していたりした記憶が蘇る。
『挿絵画家 風間完 昭和文学を輝かせ、美人画を描き続けた人生』/風間研/平凡社/2970円
仏文学者の著者は風間完氏(1919〜2003年)の長男。戦争のあった時代という大きな画布に父を置き、その葛藤や野心を時代とともに描き出す。編集者時代の吉行淳之介に見いだされ、司馬遼太郎、水上勉、遠藤周作、松本清張、瀬戸内晴美らに愛され、挿絵画家というジャンルを確立した父。向田邦子の訃報にうろたえる父を描く箇所には批評性と男女の“艶”があり特に興味深い。
文/温水ゆかり
※女性セブン2024年3月14日号