ライフ

【逆説の日本史】強圧的な対華二十一箇条要求に関し生じる「二つの重大な疑問」

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十三話「大日本帝国の確立VIII」、「常任理事国・大日本帝国 その7」をお届けする(第1411回)。

 * * *
 日本人をいまも呪縛する、「犠牲者の死を絶対に無駄にしてはならない」という信仰。

 現在、日本全土が北朝鮮のミサイルの射程に入り、一方でロシアのウクライナ侵略戦争が続いているのに、いまだに「平和憲法を護れ(憲法第九条を変えるな)」と叫ぶ人々がいるのを見ても、その信仰がいかに日本人の心を呪縛しているかわかるだろう。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、いやウクライナ国民はいまNATO(北大西洋条約機構)加盟を切望している。アメリカを中心とした強力な軍事同盟に入っておけば、ロシアもウクライナに手が出せないからだ。こういうことを抑止力という。抑止力こそ、現実にはあらゆる理想を超えて国を守り世界平和を守る、もっとも有力な武器だ。

 ところが日本はまるで逆で、かつて日米安保条約に反対した人々が憲法改正にも反対している。なぜそうなるかは前回詳しく説明したので繰り返さないが、こういう人々には自分たちがやっていることは「東條英機と同じ」だということに早く気がついてほしい。戦前はいまとまったく逆で、「袁世凱政権と妥協して日中平和をめざそう」などと言えば、現在の「改憲論者」が護憲論者から浴びせられるような悪口雑言を浴びた。

「まったく逆」と言ってもそう見えるのは表面上だけで、じつは同じ信仰に基づくものであることはおわかりだろう。それが、論理的にものを考えるということである。そして戦前の日中友好論者にもっとも罵声を浴びせたのは、陸軍であった。

 なぜなら「十万の英霊」には海軍軍人もいないわけではないが、大多数は陸軍軍人だからだ。陸軍にとって「膠州湾を無償で中国に返還し、友好の道を探れ」などという意見は「極悪人の発想」になる。始末の悪いことに、陸軍には新聞という大応援団がいた。朝日新聞が典型的で、戦前の「満洲は日本の生命線だ。

 どんな犠牲を払っても絶対に手放すべきではない」という姿勢と、戦後の「なにがなんでも平和憲法を護るべきだ」という主張は「まったく逆」のように見えるが、じつは「まったく同じ」である。要するに、朝日は「宗教新聞」なのだ。本当の新聞ならば真実を報道するのが使命だが、宗教というものは「教え」にとって都合の悪いことは無視する。だから朝日は、「中国の文化大革命は素晴らしい」「北朝鮮は平和国家でミサイルなど造っていない」と言い続けた。

 この点は毎日新聞も同じで、日本はポーツマス条約締結直後の日比谷焼打事件で正しい報道をしていた國民新聞が崩壊させられた後、基本的に新聞はすべて「宗教新聞」になってしまった。要するに、「犠牲者の死を絶対に無駄にしてはならない」という「宗教」の「機関紙」だ。

 だから袁世凱軍が日本人を虐殺した南京事件が起こったとき、毎日新聞(当時は東京日日新聞)は「日本はドイツ人宣教師殺害事件のときのドイツを見習うべき」などという「火事場泥棒のススメ」を紙面でおおいに煽り、結果的にその影響を受けたとしか考えられない右翼青年によって、日中問題をできるだけ穏健に扱おうとしていた外務官僚阿部守太郎は暗殺されてしまった。この事件は最近年表にもあまり載っていないが、じつに重大な事件である。

関連記事

トピックス

田村瑠奈被告(右)と父の修被告
「ハイターで指紋は消せる?」田村瑠奈被告(30)の父が公判で語った「漂白剤の使い道」【ススキノ首切断事件裁判】
週刊ポスト
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
暴力団幹部たちが熱心に取り組む若見えの工夫 ネイルサロンに通い、にんにく注射も 「プラセンタ注射はみんな打ってる」
NEWSポストセブン
10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
宇宙飛行士で京都大学大学院総合生存学館(思修館)特定教授の土井隆雄氏
《アポロ11号月面着陸から55年》宇宙飛行士・土井隆雄さんが語る、人類が再び月を目指す意義 「地球の外に活動領域を広げていくことは、人類の進歩にとって必然」
週刊ポスト
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
佐々木朗希のメジャーでの活躍は待ち遠しいが……(時事通信フォト)
【ロッテファンの怒りに球団が回答】佐々木朗希のポスティング発表翌日の“自動課金”物議を醸す「ファンクラブ継続更新締め切り」騒動にどう答えるか
NEWSポストセブン
越前谷真将(まさよし)容疑者(49)
《“顔面ヘビタトゥー男”がコンビニ強盗》「割と優しい」「穏やかな人」近隣住民が明かした容疑者の素顔、朝の挨拶は「おあようございあす」
NEWSポストセブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
天皇陛下にとって百合子さまは大叔母にあたる(2024年11月、東京・港区。撮影/JMPA)
三笠宮妃百合子さまのご逝去に心を痛められ…天皇皇后両陛下と愛子さまが三笠宮邸を弔問
女性セブン