【書評】『三木武吉の裏表 輿論指導か世論喚起か』/赤上裕幸・著/創元社/2970円
【評者】平山周吉(雑文家)
戦後日本の大枠「五五年体制」を作った保守合同の仕掛人・三木武吉の評伝である。映画「小説吉田学校」では若山富三郎が演じたというが、私は見ていない。古いニュース映像で異彩を放つ、国会内を和服で悠々と闊歩する党人派の「策士」はひょうきんで、もっと軽みがある。本書の中には白い布で包んだ弁当箱を前に記者団の質問に答える写真が載っている。イメージ戦略は感じられるが、自らを「道化」に仕立てようとする気配も感じられる。
本書は、三木の「妾」が何人かという論争から幕を開ける。いまの基準に照らせば、完全に「アウト」の政治家だろう。妾は四人でなく五人が正しいと自ら数字を上方修正する。「いずれも老来廃馬となって役に立ちませんが、これを捨て去る如き不人情は三木武吉には出来ませんから、みな養ってはおります」。これで済んでしまい、当選できる時代の政治家だった。
三木が政治家として頭角を現わしたのは「野次将軍」としてだった。高橋是清蔵相が「海軍計画は八年」と言うや否や、野党の三木が「達磨は九年」と茶々を入れ、笑い声が議場に起こる。是清のあだ名「ダルマ」に達磨大師の「面壁九年」の故事を掛け合わせた機智だった。
野次は「言論の公平調節機関」というのが三木の年来の主張で、暴言も排除しない。「国民の一部がそう云う感情を持って居るのが何かの機会に一議員の口を借りて出たもの」なのだから。こうして「派手なパフォーマンス」で人気者になっていく。
本書は三木の汚職や、報知新聞社長時代も視野に収めつつ、「政治のメディア化」の過程として戦前戦中戦後の政治を捉えていく。保守合同は、「その先に待っている政策課題について熟慮する絶好の機会であった」が、メディアが喰らいついたのは、三木と大野伴睦との浪花節的「和解話」だった。
保守合同を成し遂げて、三木はすぐに死んだ。死後には、歴史の皮肉が待っていた。三木の悲願は「憲法改正」だったのだから。
※週刊ポスト2024年3月29日号