【書評】『仙人の桃』/南伸坊・著/中央公論新社/3300円
【評者】嵐山光三郎(作家)
中国四千年の「伝奇」や「怪談」三十四篇をマンガ化して、各編に「蛇足」という筆者による解釈を入れた爆笑悶絶七転八倒のぶ厚い傑作四三八ページ。最新作『西王母の桃』まで三十五年間かけて完成した。
中国の仙人は世間を離れて不思議の魔法を使うが、実際にあったノンフィクションで、化物、変身、北斗七星の正体、壁ぬけ、不老不死ほか呪術、性愛秘儀、活劇各種の見本市。汚い身なりの老人が吐き散らした痰が金塊に変わる話。新宿駅や上野の山でホームレスをしている人に「ほんとは仙人」がいるかもしれないと伸坊は考える。
中国の仙人は枯れていない。でありながら、あっけらかんとしていて、なにか物足りない話もある。え? もう、それで終わりですか、と不満を持つ。伸坊は「なんのこっちゃ」と呆れつつ「そこがいいわけです」と納得する。
陶淵明(陶潜)は帰去来の辞(帰りなんいざ)で日本人に広く知られていますが、『柳の人』『夜の蝶』なんて話が出てくる。陶先生は一六〇〇年前の人で、そのころの日本人は埴輪を作って、前方後円墳のぐるりにかざっていた。『夜の蝶』は盛り場で商売しているきれいなおねえさんを思いおこしますが、この話では夜空を飛んでくる二つの光の玉でした。杖でふりおとすと、蝶になってしまった。
酒を飲みながら、川に浮かんでいた月をとろうとして溺れ死にする李白の話(李白捉月)もよく知られていますが、伸坊の解釈は、「船頭が見た水に沈む李白は、月に昇天する李白の影」というもので、仙人は青竹に乗って満天の月へむかった。なるほどそうか、李白は仙人だった。
読みながら拍手をしてしまった。中国古典を【1】マンガというスタイルで訳し、【2】解釈し、【3】評価する。マンガに登場する変な仙人に親しみがわくが、じつは女性が愛らしい。『二本の箒』に登場するご婦人が、全裸で黒猫といちゃつくシーンを、一分間見てつぎへすすんだが、可愛くてセクシーで、あー、溜め息がとまんない。
※週刊ポスト2024年4月5日号