【書評】『パインと移民 沖縄・石垣島のパイナップルをめぐる「植民地化」と「土着化」のモノグラフ』/廣本由香・著/新泉社/3850円
【評者】与那原恵(ノンフィクション作家)
よい香りが漂うパイナップル。口に入れると甘味と果汁が口いっぱいに広がる。ひと昔前は缶詰が主だったが、今ではスーパーでも生果が並び、人々を楽しませる。
南米原産のパインは大航海時代の幕開けとともに世界各地に伝播した。世界生産量の一位はコスタリカで日本は五十五位。日本国内で生産される九十九%が沖縄県産である。研究者(環境社会学・地域環境論)の著者は石垣島のパイン生産現場で働きながらフィールド調査をし、本書をまとめた。
石垣島でのパイン生産は一九三〇年代、台湾から移民してきた人々によって始められ、パイン缶詰製造の礎を築いた。背景には日本統治下にあった台湾における諸問題も横たわる。彼らが入植した石垣島中部の名蔵・嵩田地区は強酸性土壌の赤土で、農業には不向きな土地とされた。
この地区は、さかのぼれば琉球王国時代に開墾を目的に強制移住がなされ、近代になってからは日本各地出身の農業移民がおり、さらには戦後沖縄で米軍基地建設により土地を失った住民らも移住するなど、苦闘の歴史を物語る。
パインは厳しい自然条件に耐えられる作物であり、得難い換金作物だった。しかし台湾人は戦後、法的地位が不安定になるなどさまざまな苦境も強いられてきた。五〇年代から六〇年代までパイン産業は好景気にわいたが、やがて斜陽産業へと凋落した理由には国際情勢も影響している。
ほかの作目に転換するのも容易ではない。そこで生産者は〈この土壌が十分に活かせるのが何よりもパイン〉だと、弱みを強みにとらえた。缶詰などの加工用原料の生産を生果生産に切り替え、おいしいパインをめざして栽培技術の向上を図り、販売方法も開拓。誇るべき「地域資源」に育てあげた。
この足跡には、著者が丁寧に聞き取った生産者個々のライフストーリーも大きくかかわる。多元的なルーツを持つ人々の多様な視点や、風通しのよさも感じられた。本書は日本の農業の未来にも示唆を与えてくれるだろう。
※週刊ポスト2024年4月12・19日号