【書評】『全米映画撮影監督協会が選ぶ 20世紀最高の映画100作品』/古澤利夫・著/ビジネス社/4950円
【評者】川本三郎(評論家)
凄い映画の本だ。月並みな映画ガイドとはまったく違う。中味が濃い。何よりも新鮮なのは撮影監督に焦点を当てていること。「全米映画撮影監督協会が選ぶ」とあるように撮影監督が選んだ百本を詳しく解説している。
堂々第一位は「アラビアのロレンス」。ロレンスがマッチの火を吹き消すと次の瞬間、地平線の向こうに太陽が昇り、大画面に広大な砂漠がとらえられる。あるいは、遠くの蜃気楼のなかからラクダに乗ったアラブの男が幻のように現われ次第に近づいてくる(一テイクで撮ったという)。
いずれもいまも語り草になっている圧倒的な名場面。ところがこの映画の監督や主演者の名はよく知られていても、撮影監督のことはあまり語られない。そこで著者はフレディ・ヤングという“ワイド・ショットの巨匠”について詳細に解説を加えてゆく。
以下、「ブレードランナー」の“複雑な色合いを生み出す達人”ジョーダン・クローネンウェス、「地獄の黙示録」のヴィットリオ・ストラーロ、「市民ケーン」の“パン・フォーカスの完成者”グレッグ・トーランドと錚々たる撮影監督の仕事が語られてゆく。著者は長年映画宣伝に関わってきた斯界の大御所。その博識、調べの丹念さに驚嘆する。
個人的にはマジックアワーに撮影された「天国の日々」の“自然光を操るマエストロ”ネストール・アルメンドロス、ラストシーンがあまりにも有名な「第三の男」の“ドイツ表現主義を継承した英国の名手”ロバート・クラスカー、ストップモーションのタイトルだけでもうわくわくした「ワイルドバンチ」の“ワイド・ショットの巨匠”ルシアン・バラードが論じられているのがうれしい。
日本映画からは「羅生門」の“マスター・オブ・フレーミング”宮川一夫と「七人の侍」の“黒澤映画を支えた同朋”中井朝一が選ばれている。当然だろう。各映画が作られた製作事情も詳述され絶好の教科書になっている。評価が公平なのも好ましい。
※週刊ポスト2024年4月12・19日号